砂漠 ・3・
「……………」
普段、活気や明るさと言った物に無縁なここは、騒がしいといったものに同じように殆ど無縁だ。
喧嘩とか、騒ぎが起こったときは別として、此処の人たちはそんな暴れる余力などがないからだ。
けど、今は違う。
何時も威張り散らしている人も、何時も澄まし顔をしている人も、何時も静かな人も、みんなどこから出してるんだろうってぐらい、高く大きな声を上げて、やせ細った足の何処に付いてたんだろうってぐらいの脚力でもの凄いスピードで走ってる。
それは、そうだ。
ぐずぐずしてたら、今から来る相手に明らかに殺されるってことは、みんな知っている、、、というより、体にしみこんでいる。
だって此処にいる人の殆どが、その相手に、家族、友達、それに近い人たちを殺されたのだから、、、。
そして、例に漏れず、当の僕もそう、、、。
けど、僕は、そんな混乱の中にいるというのに、妙に頭の中が空っぽだ。明らかに普通の体温ではない熱を持つ妹の体の熱さ以外、とてもこれが現実とは思えなかった。
多分、僕が、誰よりもパニックになっているせい、以外にも頭というか、思考というものは、ある程度自分で今起こっている事への情報整理が出来なくなると、感情をシャットダウンしてしまうらしい。
僕の思考が追いつかなくなっているのは、恐怖も勿論要因だ、けど、他の要因も大きい、その要因は、出会って半日と満たない男の人のせいだ。
僕の前に、決して大柄というわけでもないのに、しかも、殆ど全身が包帯だらけの重傷人が、みんなが、絶対的な恐怖の対象としている、、、獣化ウィルスと、ダークロイドを恐れを全く感じさせないぎらぎらとした目で見据えているのだから。
ちょうど一日前の僕が、この男の人とこれが初対面だったらどんな反応をするだろう。
想像が付かない。
この人は僕が見てきたどんな人とも違う、言葉が見つからない、例えようのない、自信、、、いや、強さを感じる。
だから、例えようも、想像も出来ない。
ビュンっ。
男の人が取り出した鞭が、鋭く空気を裂く音を立てる。
僕は、唯、男の人と、今此処に向かっている相手を見るだけしかできない。
いつもは、役に立っている僕の視力は今はとても憎い。
大群、、、とは言わないまでもかなりの数の獣化ウィルスを引き連れたゾアノロイドが、こっちに焦らすような、早くも遅くもないスピードで、向かってくる。
羽根がないし、グレイガの方のだ。
とはいっても、獣化しているのはウィルス達だけで、ゾアノロイドの方は、まだ獣化していない(でも、獣化したら、グレイガのゾアノロイドは、やっぱり、犬?っぽくなる)。
大半のゾアノロイドは元はナビだという、今向かってきているゾアノロイドも元は戦闘用のナビでないらしく。
異様な手の長さを除けば、意外にもスマートな感じのゾアノロイドだ。
けど、僕はそのゾアノロイド意外に恐怖以外の何も感じない。
「…あ…ぁの…」
舌がもつれて、その後がしゃべれない、、、背を向けていた男の人がそんな僕を振り返る、そして、ぎらぎらとした目で笑う。
安心させようとしたんだろう。けど、、、正直、、、怖いです、、、。
けど、その気持ちが嬉しい。
少しだけ、こんな状況だというのに、僕は安心した。
この人から感じる強さ。それは理屈とかなしで感じ取れたから。
「逃げろ。」
「…でも…。」
僕は、後ろへ後ろへと流れていく、町のみんなを横目で見る。
けど、人間の足の速さなんて、ゾアノロイド達と比べるとずっと遅い、目の前にいるゾアノロイド達が焦らしてるなんてことは分かっているはず。
逃げても、あのゾアノロイド達が本気を出せばほんの一瞬で追いつくだろう、、、。
しかも僕は、まだ肩は痛いし、妹は到底動ける状態じゃない。
だったら逃げるだけ、無駄だろう。
なら、僕は、、、。
この人を、見てみるのも良いかも知れない、、、。
「ここに…います…。」
「…逃げろ…。」
「…ごめんなさい…いさせてください…。」
ふっと、息を吐いて僕に眉を顰める。
「俺は、君を掴んででもここから引き離すぞ。」
「そんなよゆう…ないんじゃないですか…。」
僕は、ぎらつく目が怖かったけど、精一杯強がってゾアノロイド達を指す、男の人はとっても困った表情をする。
「…いい性格…してるな…君は…。」
「ほめことばとして…とっておきますね…。」
ゾアノロイド達は、町まで普通の視力でも判別できる程度まで近づいた、まるで測ったんじゃないって思うぐらい良いアングルで止まる。
そして、先頭のゾアノロイドが。
「人間達よ、我らはグレイガ様の忠実なる僕なり。グレイガ様の素晴らしき現勢を更に拡大する為。貴様らには犠牲となってもらう、ありたく思え。人間ごときがグレイガ様の糧となれるのだ。」
大して大声じゃないに良く響く声(女の人が好きそうな、渋く低い声、、、ハスキーボイスって言うんだっけ?)で、なんだか小難しいことを言う。
どういう理屈だろう、、、?
グレイガの為?
だとしたら、僕たち人間からすれば屁理屈も言いトコだ。
「我らの行動はグレイガ様の御意志。我らに逆らう者はグレイガ様に逆らう者。よって、逆らう者はデリートあるのみ。」
すっごい無茶苦茶なこと言ってる。
けど、あっちの方はすっごく真面目な顔で言ってるから本当にそう思っているんだろう(危ない人だ)。
「おい、随分と偉そうなことを言ってるな。」
男の人が、呆れたようにその言葉に返した(改めて聴いてみれば、男の人の声も良く響く声だ)。
「逆らう者はデリート?最初は皆殺しみたいなこと言ってなかったか?だったら、矛盾もいいとこだぜ。そんな口上に御名を利用されたとあっちゃ、お前達の敬愛するグレイガ様がお嘆きになるな。」
「ぷっ…。」
僕は、思わず吹き出す(ゾアノロイド達には聞こえないぐらい、聞こえたら殺されよね?)。
実にいいとこを付いた嫌味だ(揚げ足とるって言うんだっけ?こういうの)。
でも、こんな事をゾアノロイド相手に、怯えも何もなく堂々と言える人なんて初めて見た。
けど、ゾアノロイドからすれば、プライドやら何やらを、普段見下してる人間にずたずたにされたとあれば、怒り狂って、、、攻撃の雨霰!?
僕がそれを考えた一瞬後、ゾアノロイドは異様に長い腕を変化させ、一発、エネルギー弾のような物を撃ってきた。
「わぁあぁあああ!!!」
「……!!!」
僕は妹を覆い被さるように抱く(あんまし効果無いと思うけど)。
それは、目測を誤ったのか、僕らの十数メートル先に落ちてきた。
ぐぅごぉぉぉおおおぉおぉおおおっつ。
もの凄い爆風が吹いてきた。
凄い砂で目が開けていられない、風が強すぎて吹き飛ばされそう。
あの人は?!
これだけ大きな爆発だ、僕より近いトコにいた男に人が危ない。
けど、目が開けられない、口を開けられない。
僕は、妹を庇い、ぴしぴしと、体中に当たる瓦礫に耐えるしかできない、鋭い欠片で、露出した肌を切る痛み。
頭にごつんと硬い物が当たる。
そして、おでことほっぺたになま暖かい液体の感触。
どうやら切ったらしい、、、痛い。
でも、僕はふと気付く。
あれ、、、けど、、、何でこんな大きい爆発で、痛いけど、、、この程度ですむんだろう、、、もっと大きな瓦礫で、トマトになる確率の方が高いはず、、、?
しかも、ずうぅんとか、ごどぉんだが、思いっきり怖い質量が落ちる音が煙で見えないものの僕の間近でするから、トマトになる確率の強さを教えてくれる。
どうなってるのか知りたいのに、目を開けていられないのと、爆音と風の音に混ざってよく解らなかったけど、本当に近くで、空気を裂く音ともに硬い物を斬るのが聞こえる。
男の人の鞭とはまた違った空気を裂く鋭い音だ。
そして。
「スクリーンディバイトっ。」
ごぉおんっっつ。
大声だというのに、機械の声量を上げただけの無感情な、、、そんな声とともに、一気に土煙が晴れる。
僕はゆっくりと目を開ける、ちょっと砂が目に入っていたかったけど、そんなことどうでもいい、僕は目をこする(その時頭からざらざらと砂落ちてきた)。
僕の前に広がったのは、淡い浅葱色。
僕はその色とは追うように視線を上へ上へと流す。
そして、上を向く癖の強い髪と、黒い鎧。
男の人の、、、ナビだ、、、。
あのエネルギー弾が落ちる前に実体化させたんだろう。
ああ、助けてくれた。
ほっとして、腕の中の妹を確認する、、、少し砂を被っただけだ、けど今のショックで完璧に気絶してしまっているけど、大丈夫かな、、、。
このまま目を覚まさないんじゃないかって、お腹の下のあたりがひやっとしたけど、ちゃんと息はしてる、、、良かった。このまま気絶してた方が良いかも知れない、、、。
そして、僕は助けてくれただろう、黒い鎧のナビに、お礼を言おうとしたけど、黒い鎧のナビはこっちを向かない、そしてすっと立つ(座っていたらしい、大きいからよく解らなかった)。
大きなマントから男の人が現れた。
男の人は包帯だらけだったのは変わらなかったけど、男の人には僕のような瓦礫が当たったような、傷はなく、ちょっと砂を被っている以外、無傷だ。
「おじさ…」
「おいっ!!俺はこの子達を庇えと言ったんだ!!誰が俺を庇えと言った!!」
もの凄い剣幕で男の人が、黒い鎧のナビを怒鳴った。
僕らに向けられたわけではないのに、あまりの怒気当てられて、僕は固まる(妹が気絶してよかった、、、こんなのにあてられたら耐えられない、、、)。
けど、その怒気を当てられている、当人は、淡々と答えた。
「ワタシは、貴方を守ることがこの場では最優先と考えました。民間人を庇えば貴方が危険を被ります。」
黒い鎧のナビは、まるでコンピューターの合成ボイスのような唯事実を述べるための言葉を言う。
そして、僕はその冷たい声で、この黒い鎧のナビは優秀な軍事ナビだと言うことが分かった。
このナビは、唯与えられた命令を遂行するだけの、プログラムの塊じゃない。
その場その場に応じて、ちゃんと考え、行動する、非常に優秀なAI。
戦況が常に変化する戦いにおいては、唯、上官の命令通りに動くのでは絶対に役になんて立たない、ちゃんと考えるAI。
その優秀なAIは、英断を下した。
この場で、僕らを、民間人を、命令通り守れば、大佐が危険を被る。なら、その命令には従うべきではない、大佐を守るべき。
この黒い鎧のナビは、AIは、この男の人、、、大佐を守るという、軍事ナビとしての重要事項を全うしただけなのだ。
そして、結果的に真後ろにいた僕らが偶然助かっただけ、この黒い鎧のナビは僕らを守ろうなんて考えなかった。
冷たい緑の目は、それを嫌でも僕に悟らせた。
唯、目の前の物を見るだけにしか使っていない緑の目が。
そして、僕らに一切目を向けることなく剣に変えた片腕を一振りすると、だんっと、凄い脚力でゾアノロイド達の軍勢に向かっていった。
「………。」
呆然とする僕に、男の人は辛そうに。
「すまない、痛かっただろう…今のあいつにこんな命令、無駄だったな…。」
そっとコートの裾で、僕のおでこと、ほっぺたを拭う。
従うはずなかった、、、そう消えそうな声で付け加える。
とても苦しそうだった。怪我の痛みなんかじゃない。
心の痛みからくる、とっても、とっても、言い表せないぐらい痛い顔。
今の、、、ということは、昔の黒い鎧のナビはどうだったのだろう。
けど、僕は、今の黒い鎧のナビしか知らない、、、。
だから、純粋に怖いとしか思えない。
男の人は、もう一度、すまない、、、そう呟くと、いつの間にか後ろにいたウィルスを振り向くと同時に鞭で裂く(背中に目でも付いてるんじゃないだろうか?)。
「最後の警告だ。逃げろ。」
「むだなこと…わかってるんでしょう…僕のあしのはやさでにげられないってぐらい…。」
「………隠れてろ…。」
「むしろそっちのほうが、あぶないんじゃ…。」
僕は、一応家だった今の衝撃で瓦礫になったものをさす。
むっと、唸る。
「何かあったら助けられない。」
「それは僕だけじゃないでしょ…僕だけっていうのはずるいですか。」
本当に、言葉に詰まったらしく、男の人は頭を掻く。
でも、僕は次の言葉を言われる前に、僕が先に言う。
「ごめんなさい…さいごかもしれない…だから…みさせてください…でも…そんなにしんぱいしてくれて…。」
ありがとう、、、。
男の人はその言葉に、ぎらついた目を解かし、きょとんとしたような驚いたような表情を見せる。
そして、、、強く、、、笑った、、、。
「君は本当にいい性格してるよ。けど、絶対に逃げろよ。」
目をまたぎらつかせ、コートをたなびかせて、黒い鎧のナビを追うように駆けていった。
僕は、その後を、目でおってから(僕の腕の中には妹が居るから、激しく動いたら、体に負担がかかってしまう)、一応、物陰には隠れた(勿論丈夫そうなトコを捜してね)。
そしてその物陰の隙間から、戦いを覗く。
僕が、何時も目を背けていた戦い、、、。
映画とか、ゲームなんかじゃない本物の。
僕は、男の人が居なくなったせいか、支えを無くしたみたいに震えだす。
やっぱり、強がり言わないで、言われた通り逃げれば良かったかな、、、。
男の人の操る鞭がしなるたびに、ウィルスが電脳の欠片になって散っていく、鞭で間に合わないときは、蹴りを食わせたりしてる(どうゆう力してるんだろう)。
黒い鎧のナビが狂い無く剣にした腕を振るたびに、同じように、ウィルスが電脳の欠片になって散り、しかも、ウィルスに妨害されながらも、黒い鎧のナビは、腕の長いゾアノロイドも追いつめていた。
「ふむ…人間と、その使いにしてはなかなかのものだ。」
腕の長いゾアノロイドは、黒い鎧のナビと同じように腕を剣に変化させていた、腕が長い分、黒い鎧ナビよりリーチがあるようだが、ゾアノロイドは、黒い鎧ナビとの凄まじい剣戟に余裕はなかった。
ウィルスというハンデがあって、互角なのだから、黒い鎧のナビの実力の高さが分かる。
「飛んだ誤算だ…これほどの手練れがいるとは…。」
口のない目だけの仮面のような顔を顰める(考えてみれば、黒い鎧のナビは口があるけど、口がないナビとか、このゾアノロイドとか、どっからしゃべってるんだろう?)。
唯の人間の町。
そう考えていたゾアノロイドは、だから、中途半端な軍勢できたのだろう(えっと、烏合の衆だっけ?)。
ところが、この町には、予想もしなかったあの二人が居たというわけだ。
確かに、普通の人なら唯の獣化ウィルス程度で始末が付けられる、けど、男の人は普通の人じゃないし(言い方が悪いね、、、)、黒い鎧のナビなんてどのくらい強いのか、、、。
二人の実力は、中途半端な数の部隊なんかよりずっと上らしい(一体、あの二人は何者?しかも、一人は人間!!しかもけが人、、、興奮してるせいかな?痛み感じてるかどうか怪しい、、、体大丈夫かな、、、)。
仲間を呼ぼうとしても、そんな隙を黒い鎧のナビが許してくれない。
本当に頼集めだったらしい、決して大群ではなかった獣化ウィルスの軍勢はデリートされる押されの一方、もしかしたらゾアノロイドが指揮すればそれなりの力はあるのかも知れないけど(というか、ほかに指揮をするようなのはいない)、突然のトラブルに対処が追いつかず、指揮系統がめちゃくちゃになったのか、ウィルス達の動きもむちゃくちゃだ。
ゾアノロイドは少しずつ、けど明らかに押されていることに、焦ったような表情を見せた。
「少々、策を練る必要があるな…。」
僕は、その良く響く声が紡いだ言葉に、嫌な予感を覚えた。