砂漠 ・2・
「…っ!…みっ!…き…!…君っ!!
」
僕は、軽く僕の頬を叩かれる感触でゆるゆると瞼を開ける、聞き覚えがあるような無いような男の人の声だった。
誰、、、?
段々と寝起き特有のぼやけた視界がきれいになってきて、僕の顔をのぞき込みながら、僕を呼ぶ人の顔が見えた。
一瞬、見たことのない人だなぁ、、、と、思ったけど、それは違った。
この人は、、、。
「………ッ!!」
僕は、反射的に、がばりと跳ね起きようとしたけど、肩に痛みが走った。
「ああああっ!!」
「動かない方がいい。」
男の人は、思わぬ痛みに耐えきれなかった僕に、優しく声をかけた。
痛みが走った肩に触ってみる、びっくりするほど腫れていて、軽く触っているだけなのに痛い。
「一応、肩は入れたが、まだ無理をするな。」
男の人は、顔を顰める。
その顔は本当に心配してくれていて、虫けらみたいにぞんざいに扱われてきた僕は、本当に久しぶりの人の優しさが嬉しかった。けど、それ以上に、こんな優しい人に、僕はなんて事を、、、と、罪悪感が湧いた。
思わず、僕は、肩の痛みなんか構わず、頭を砂の地面にすりつけ。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」
謝った。
こんな事じゃ全然足らないなんて分かってるけど、今の僕には謝るしか方法がなかった。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!ごめんなさ…い…、ごめんな…ざい…ごめ…ん…なざい…」
僕は、ぼろぼろと泣いていた。
ひくっひくっと、変な声が出始めても、僕は謝った。
「おいおい…。」
謝り続ける僕に、男の人は困ったように声を上げる。
男の人は、地面にこすりつける僕を優しく起こした。
「そんな風にしなくたっていい…、肩、また外れるぞ。」
優しい声音に、ひくっひっくと変な声が止まらない。僕は男の人の体を見る。
コートは僕の枕にされていて(血が付かないように器用に畳まれている)、中着のほうは、治療に邪魔だったらしく、こっちの方は脱ぎ捨てられていた。
上半身は、一瞬服を着てるんじゃないかと思うぐらい、包帯だらけで、怪我をしていた左腕の部分と、胸の真ん中当たりからは、赤いシミが滲んでいる。
足の方も、左部分だけぐるぐると包帯が巻かれていて、暗い色のズボンとアンバランスになっていて、やっぱり赤いシミがあった。
そして、僕が斬った首の方からも、赤いシミが出来ていた。
「ごめ…ん…な…ざい…」
「もう謝るな、本当にこんな傷どうってことない。」
嘘だ。
今の男の人は、どうみても僕なんかより酷い。
「…ぁあ…それに…謝らなきゃいけないのは…俺の方だよ…。」
ばつが悪そうに、男の人は目を伏せた。
えっと、僕は僕が声を上げると同時に、僕が奪おうとしたPETを出し、この男の人のだろうナビを見せた。
男性型のヒューマンタイプのナビで、大きな黒い鎧を着ていて、とても格好いい顔をしているのに、その顔は全くの無表情で(悪いけど、僕はヒューマンタイプのゾアノロイドを見たことがあるけど、あっちの方が正直表情豊かだったし、これじゃあ、まるで量産されたノーマルナビだ)、そしてその薄い唇をした口から出た言葉と言うより、声に僕は聞き覚えがあった。
『大佐、如何しましたか。』
「何でもない、唯呼んだだけだ…。」
「ッツ!!!」
排除。そう、無感情で抑揚のない、僕を押さえつけた姿の見えなかった、相手の声だった。
「…すまない…。」
男の人は、分かっただろう?と、そういう意味を込めた言葉だった。
「でも…、でも…。」
確かに、僕を押さえつけて肩をはずした相手の声は黒い鎧のナビと、同じ声だけど。確かナビは(ゾアノロイドは例外として)、人を傷つけられないようにプログラムされてるされているはずだ(これは、今僕は行ってないけど、小学校の最初当たりで習うことの一つで、此は基本的な知識だ)。
もごる僕の言いたいことが分かったのか、男の人は先に行ってくれた。
「俺は、元軍人でな。俺のナビも軍事用ナビなんだ。」
軍人さん(だから、大佐って呼ばれたんだ)、、、どおりで、ナイフで斬りかかろうとしたとき、あんな状態だったのに凄い身のこなしだったんだ。
僕は、関係ない事を思ったけど、それは関係ない。
確かに、僕はこの黒い鎧のナビに肩を外されたけど、男の人に着けた首の傷よりマシだし、肩と首では凄い違いだ、下手をすれば、僕はこの人を、、、殺すことになったかも知れないのだ、、、。
僕は、今思ったことをいってみたが。
男の人は、無言で首を振り、辛そうに言う。
「怪我の程度なんて関係ない。君は肩をはずされただけで済んだといったが…あのな…此奴は俺に危害を加えるヤツは、排除しろと命令してあったんだ…、意味…分かるか?」
僕は、あまりの内容に理解が遅れたが、理解した途端、一気に怖くなった。
僕は、、、本当に、確実に、殺されるところだった、、、?!
「あのな、正直俺は、最初はとにかく君から逃げようとしたんだ。けど、こんな状態だし、でも、君の様子から追ってくると思ってな。この際大人しく物を渡そうと思ったんだ、だが、君が俺からPETを、盗ろうとしたからには別だ。PETは、ナビと俺…オペレーターを直接繋ぐものだ…。」
これ以上言わなくたってわかる、黒い鎧のナビは、この男の人に危害を加える相手を、すぐに察知したはずだ。
「もし…あの時…俺が、止めるのが一瞬遅かったら…君は…確実に…殺されていた…。」
苦々しく言う。
あの時。というのは、多分、僕が意識を飛ばす直前だろう、何か聞こえたのは、、、確か、、、この男の人の声だった。
「すまなかった…申し訳なかった…。」
今度は、男の人が頭を地面にこすりつけた。
「あ…!頭を上げてください!!ぜったいにあなたはわるくありません!!!」
元はと言えば、僕が、あんな馬鹿なことをしたのが悪かったのだ。
いくら、お水や食べ物、お金が欲しかったとはいえ、あれはしてはいけないことだった。
罰が、、、当たったのだ、、、。
「いや、いくら戦争中であれ、あんな曖昧な命令を出すんじゃなかったよ。」
「だったら…あの…そのケガは…」
「ああ、ちょっとゾアノロイドにヤられてな。ふっ、こいつを実体化させるのがもう少し遅かったら、痛めつけられるぐらいじゃすまなかったはずだ。」
僕は、あんぐりと口を開ける。この人は、、、ゾアノロイドと戦っているのか?
それに、、、ゾアノロイドが此処まで進行してきているの!?
「でも…こんなはての砂漠まで…。」
「最近のゾアノロイドの侵攻の早さは、もの凄い物だ。俺も正直驚かされたよ。」
そして、不意を付かれたと、自分に罵るように憎々しげ言う。
けど、形はどうあれ、ゾアノロイドに襲われて命があるなんて凄い人だ、僕は唯、遠目でしか見たことはない(近づきたくもない)けど、人間が、逃げる、挑む関係なく、ゾアノロイドに易々と、殺されるところなら見たことがある。
まるで、オモチャのように、、、。
それを思い出して、吐き気がした。僕がもっと小さくて(天変地異が始まってすぐの頃当たり、そのころは、まだかなり少なかったけど)、遠目であんまりよく見えなかったけど、怖かった。
人間が、ゾアノロイドに対して、どれだけ弱いかはっきりと見せつけられたから。
男の人は、項垂れる僕の頭を優しく撫でた。
「君ばかり、質問はずるいな。俺からも質問して良いか?」
僕は頷く。
だいたい質問される内容に見当が付いた。
「…初めてのようだったが…あんな事をしたのはなぜだ…?…君の場合…何かしら事情がありそうだ…」
「…………」
僕は、立ち上がった(勿論肩をかばいながら)。
口で言うより、見てもらったほうが早いと思ったから。
「ついてきてください…。」
「…ああ…。」
男の人は、コートを引っかけると立ち上がろうとする(僕は脱ぎ捨ててあった中着を拾う)。
けど、立ち上がるのも苦痛なぐらいらしくて、つぅっ。と、痛そうな声を上げていた。
僕は痛くない方の肩を貸そうとしたけど、痛いだろうって。男の人はやんわりと断った。
けど、男の人の傷は綺麗に処置してあるにもかかわらず(聴いたら、僕が気絶している間にナビにやってもらったって)、立ち上がっただけでも、けっこう深いのか赤いシミが更に広がった(やっぱり、肩を貸そうとしたけど、がんとして男の人は断った、優しさは分かるけど、普段すっごい頑固なんだろうなとも思った)。
絶対、この人の方が痛いって、、、あまり言いたくないけど、体の丈夫さを過信すると、長生きしないよ、、、。
そして、僕は男の人を、そう、いた場所から離れていない、僕が住んでいる町まで連れて行った。
町、、、なんて言えば聞こえが良いけど、本当はそんなトコじゃない。唯の、、、ゴミ溜めだ、、、。
匂いに、男の人も思わず鼻を押さえていた。
住んでいる僕だって、この匂いに慣れた事はない。
すれ違う人たちは、ほとんどみんな顔立ちや、肌や目の色、全部違う。
共通する事なんて、みんな、痩せすぎているとか、不健康そうって事ぐらいだ。
此処に住んでるみんなは、あっちこっちから流れてきた避難民。
困ったことに、言葉を翻訳してくれるPETをみんながみんな持っているわけではないので、言葉のせいでいざこざが起こるなんて珍しくない、だから、PETは貴重品なのだ。
他にも、言葉だけでなく、PETは情報を教えてくれたりしてくれるし、ナビを持っている人は(天変地異以来、大半のナビが獣化して電脳獣に支配された)すっごく少ないけど、この電脳空間とごっちゃになった世界だ、ナビはなにより役に立つ(ご飯も食べないし、人間よりずっと強い)。
だからこそ、此処の町では実力第一。
力がなければ、此処では死んでも仕方がない。そんな町。
そして、一応僕の家に当たる、がらくたでそれらしくつくろっている、それがある町の外れに連れて行った。
「…すいません…こんなとこで…」
「…いや…君一人で…君のような子供が…作ったのか…」
「…ここでは…子供、大人なんて…いってられないんです…」
「…だろうな…でも…君は本当に凄いよ…」
男の人は、僕の頭をくしゃりと撫でる。
けど、何か嫌なことを思い出すように顔をゆがめていた。
この人も、、、僕ぐらいの時、、、何かあったんだろうか、、、。
そして、僕は家(そう言って良いのか怪しい)に入れた。
「…失礼…」
「…ただいま…いまかえったよ…」
「ただいま?」
入り口が狭く、僕が先に入ったから、男の人には見えなかったんだろう。
「…ぉ…にぃ…ちゃ…ん…?ぉ…かぇ…り…なさ…ぃ…」
僕の、、、妹が、、、。
「…これが…理由です…」
「…………」
男の人が、息をのんだのが気配で分かった。
「…ぉ…きゃく…さ…ん…?」
「うん…。」
男の人が、息をのんだのは当たり前だ。
僕は、痩せすぎだけだけど(これでもいけないんだけど)、妹に至っては、痩せすぎだけじゃなくて、ひゅーひゅーと、妙な音が鳴っている。顔は高熱で真っ赤なはずなのに、恐ろしく顔色が悪い、声を出しても痰が詰まっているのと、咳のしすぎで、声が潰れてしまっている。
「ごほっ!けほっ!ぐうっ…!」
「ほら、ねてるんだっ。」
こくりと頷く。
「…ひどいな…風邪…いや…これは肺炎か?」
「…さいしょは…ただのカゼだったんです…けど…」
こんな場所だ、元からご飯だってまともに食べていなかったし、妹は僕より小さくて、体力だってなかった。何より此処は不衛生だし、此処にはお医者さんなんて居ないし、薬を買おうにもお金がなかった(すっごく高い)。
だから、こうなった。
妹とは日に日に、目に見えて弱っていった。けど、僕は何も出来ない、何も持っていない。
それに耐えきれなかった僕は、だから今日、覚悟を決めて、普段生活のために使っているナイフを握って彼処で待っていて、、、そして、、、この男の人にあったのだ。
「…ごめん…なさい…どうしても…ひつよう…だったんです…。」
「もういいよ、しかし…。」
男の人は、眉を顰める。
「ぉ…じちゃ…ん…は…ぉ…ぃ…しゃ…さん?」
「いや。唯の元、軍人だ。」
この男の人が、唯の軍人さんだったかというのはかなり怪しいと、僕は思う。
「水分はとってるか?」
「はい…というか、しょくよくがなくて、お水しかのめないから…、けど、あんまり、きれいなお水じゃないです…。」
「高熱のための水分は良いんだが、こんな免疫力が落ちてる状態で、不衛生な水は頂けないな…。その水、濾過は?煮沸は??」
「え?はい?お水はどうしてもきれいな物が手にはいりにくいから、僕にできるていどで、できるだけ目の小さい布を使ったりしてゴミをとったり、お水はぜったいにわかしています。」
僕は、ここに来て最初の頃、何もそんなこと知らなくて、何もせずにお水を飲んだら酷い目にあったことがある。
僕が普通に暮らしてたときは、お水なんて水道から綺麗な物が出るのが当たり前だったから、、、。
それにしても、男の人の雰囲気ががらりと変わった、ぎらぎらとした目の時のような怖いぐらいの雰囲気だ。
さすが、元、軍人さんと、いうところだろうか。
「噂以上に、町も、住んでいる人間も、危ないな…。」
え、、、?
男の人の呟きに何か聞き返す前に、僕は、体が揺れるのを感じた。
一瞬、目眩かなと思ったけど、揺れ方が違う。
「地震…っ!?」
「…待て…此は…!」
僕は反射的に三を縮こめるまえに、妹を庇う。こんな家だから正直ちょっとした揺れでも怖い。
そして、男の人は、その上から僕らを庇うように覆い被さる(いきなり体動かしたせいか、体に障ったのか、ううっと、唸った)。
けど、この地震は、何回か体験した地震とは、何かが違った。
お腹の底を叩かれるようなそんな、揺れ。
揺れは収まらない、それどころかお腹の底を叩かれるような揺れは、徐々に強くなってくる。
男の人は、すうっと、目を細める。
「妹を連れて逃げろ…。」
「え…?」
「死にたくなかったら…早くしろ…っ!」
その短い言葉に込められたその圧倒的な何かに、子供の僕が妹の痩せてるとはいえ、思わずその体を抱えて、外まで、弾かれたようなもの凄い勢いで出た。
男の人は、なんとも言えないぐらい鋭い表情のまま外に出てくる。
そして、PETを取り出す。
僕は、言われた通り、逃げようとしたが、町の端のここからは砂漠が良く見渡せる。
その砂の色と、空の色だけが広がる何時も通りの筈の、光景に見慣れない物がうつった。
僕は目を細める(正直、僕は目は良い方だけど、遠すぎる)。
砂、、嵐、、、?
かと思ったけど、違う低すぎる。
それに、砂埃の中に影が見える。
僕は考えたくなかった可能性に、青ざめる。
そして、砂埃の少し前に、先陣を切るように更に大きい影が見えた。ここから見えると言うことはかなり大きいのだろう。
何だろうと考える前に、僕の思い出したくもない記憶と、可能性が教えてくれた。
そして、僕は、妹の熱に冒された熱い体を思わず縋るように抱く。
「獣化ウィルスに…ゾアノロイド…!?」
嘘だと、思いたかった。