砂漠 ・1・



 「はぁ…はぁ…はぁ…。」

 僕は、大して動き回ったわけでもないのに、肩で息をしていた。

 此処は砂漠で、確かに熱いけど、僕は明らかに暑さとは関係ない、冷たい汗が、額、背中、問わず流れて、張り付いて気持ち悪かった。

 心臓が痛いぐらいに打っていて、音が酷くうるさい。
 それ以上に、歯の根が合わなくてがちがちと、耳障りだ。

 体中のあらゆるものが、僕の意思に関係なく芯から震えていて、僕は端から見たら馬鹿みたいに震えているんじゃないかと思う。

 汗で、手に持ってる、、、鈍色のナイフが滑らないように僕は手を拭った。



 何を震えているんだ僕!何時もやっていることの、相手を変えるだけだ!!


 そう、何度も何度も、強がりな僕に言い聞かせているのに、僕の体は臆病な正直な僕の方に従って震える。

 口の中がからからで、僕は、腰に吊っている水筒から、水をがぶ飲みする。
 こんな事したら砂漠で、一番貴重な水、もったい。そう冷静な自分がこんな状況で言うが、今は、出来るだけ、自分を落ち着かせたかった。

 「ふぅ…。」

 僕は、砂漠の数少ない身を隠せる、岩場にいた。
 日陰になっていて、子供の僕はすっぽりと岩で覆われていて見えない。

 僕はぎゅうと、縋るみたいにナイフを握る。
 使い慣れているはずのナイフが、やけに重く感じる。

 「…〜ッツ!…〜ッツ!!!」

 僕は、がりがりと、爪を噛む。
 荒れてざらざらになった指の感触と、砂のじゃりじゃりとした砂の味がした。
 少し遅れて、血の味も。

 どのくらいこの岩陰に隠れているだろうか、時間の感覚さえもう無い。

 誰か来い!!早く!誰か!!!僕の決心が揺らぐ前に!!!



 けど、そんなことを考えているくせに。僕は、此処の何処かで。

 誰も来るな!来ないで!!そしたら諦めるから!!

 そんな弱気僕が居る。正直こっちの方が僕の本心だ。



 どんどん、時間だけ過ぎる。
 僕は、まだ震える手で、傷だらけの時計の時間を見る。

 僕は、情けないことだが、時間を見てほっとした。
 僕は、前もって時間を決めていたのだ。
 そのタイムリミットが、もうすぐだ。


 これなら、でも、、、ッツ!!


 僕は、ほっとするのも同時に、これから、どうしようと言った危機感にも襲われた。

 収まっていた震えがまた、強まる。
 此で帰ったら、僕は…どうすれば…。

 僕は、自分でも、息が浅く早くなってくるのを感じた。

 「はぁ…っ!はぁ!…はあ!
…は!…はっ!!」

 気持ち悪い、息苦しい、吐きそう。
 僕は、胸を掻きむしる。

 「ぅううぅう…!ううぅぅうう…ッツ!!」

 僕は、耐えきれず胃の中の物を全部戻した。
 しばらく、僕は何も食べていなかったから、さっき飲んだ水で薄まった胃液しか出なかったけど、、、。

 僕は、苦くなった唾をぺっ、ぺっと、吐き出す。
 口の中がからからになるまで吐いて、漸く僕は地面から漸く顔を上げた。



 すると、遠くにさっきは無かった影が見えた。
 最初は、見間違えかと思ったけど、目を凝らすと、それは人の形をしていた。
 しかも、少しずつだけど大きくなってくる。

 ついに誰か来た!!

 僕は、ナイフをきつく握って、深く息を付き。
 岩陰に隠れ直す。

 その人は、まっすぐに向かってきた。

 僕は喜ぶべきなのに、来るな、来るなと、無意識に呟いてしまっている。
 僕は、痛いぐらいナイフをしっかりと握った。

 そして、はっきり見えるぐらいになった。
 なんだか、本人は走っているつもりなんだろうけど、ふらつきながらで、ほとんど早歩き程度の早さだった。
 その人はつまり、怪我をしているわけだ。

 僕にとっては、正直好都合だったが、後ろめたさを来る。けど、今はそんな綺麗事を言っている暇はなかった。

 後、十メートルぐらい。

 もうその人がどんな人なのか分かった。

 髪の長い男の人で、すり切れたコートを着ていて、思ったより大きな怪我をしているらしくて、胸は真ん中あたりが、血でじんわり濡れていて、左の腕からはコートに吸いきれないほどいっぱい、血が出ていて、血がぽたぽた垂れていて、右手で一生懸命押さえていて、もの凄く痛そうだった。同じように左の足からも、腕みたいにいっぱいじゃないけど血が滲んでいた。
 顔も、痛そうに顰めていた。

 多分、獣化ウィルスか、ゾアノロイドに襲われたんだろう。



 この人だったら、、、僕にだって!!!

 僕は、思いっきり震える体でナイフをしっかりと握ってその人の前に出た。



 「お…おい…ッツ!!…お…おまえッツ!!」


 僕は、歯の根があわなくて、情けなく震える今僕に出せる精一杯の大声を出す。

 「
お…お水と!食べ物…ッツ!!あと!!…お…お金もよこせ…ッツ!!い…いや!…もってるの…ぜんぶだッツ!!

 僕は、ナイフをその男に人に突きつける。

 「な、何を馬鹿なことをしてるんだ君はっ…!!早く、ナイフを降ろすんだッツ!!」

 その人は、ナイフを見て驚くどころか、僕を怒鳴りつけた。

 「う…!うるさい…ッ!!いいから…!!だせ…ッツ!!」
 「い、いいから…降ろすんだ…。今ならまだ間に合う…、そんなことをしたら取り返しが付かなくなるぞッツ!!自分が、何をしているのか分かっているのかッツ!!やめるんだッツ!!」
 「う…!うるさい!うるさい!うるさぁああいいッツ!!!」

 僕は、その男の人に思っていることを全部読まれたみたいで、もう頭にかっと来てナイフで、僕はその男の人にムチャクチャに斬りかかった。

 「ぇい!たぁあ!この…ッ!このぉおお!!」
 「くっ!」

 その男の人は、胸も足も腕も怪我して、もの凄く痛そうだったのに、僕の攻撃を避けていた。
 僕のナイフは、僅かにその男の人の、コートを斬ったり、髪の毛を散らす程度しか当たらない。

 「ぁぐっ。」

 男の人は、段々と避けるスピードが落ちてきた。
 多分、いっぱい血が出ているのと、痛みのせいで、目眩が強くなってきたのだろう。

 「たぁああぁあ!!!」
 「っ!」

 僕のナイフが、男の人の怪我をしている腕の傷を少しかすった。

 「ぁあッツ。」
 「あ!」

 僕は、思わずナイフを落としそうになった。



 とうとう僕は、人を傷つけてしまった、、、!!!



 僕のその一瞬の迷いを、その男の人は見逃さなかった。
 僕の手をはたいて、ナイフを落としたのだ。

 「あ!ナイフ!」
 「…っ!馬鹿野郎…ッツ!!」

 男の人は、荒い息の中で言う。
 もう、男の人の方は限界に近いらしい、どさりと地面に座り込んだ、けど、僕は怖かった。
 こんな状態なのにその男の人の人の目は、まっすぐに僕を捕らえて離さない。

 怖い、怖い、怖い!

 僕は、今まで結構怖い目に遭ってきたけど、こんな怖さは初めてだった。



 やられたんだし、今ならまだ間に合う!此処は退いた方がいい。
 何を言ってるんだ、今なら、この人こんな状態なんだぞ!もう一回襲えば、、、!!
 


 僕の心の中で、食い違った二つの意見が言う。
 正直僕は、前の意見に怖くてたまらないから従いたかった、けど、今は、、、。

 「…っ!ぅう…ッツ!!」


 僕は、もう一本、隠していたナイフを出す。

 「…や…やめるん…だ…!!」
 「も…もう…しゃ…しゃべるな…も…し
…しゃ…しゃべったら…さ…さすぞ…!!!」

 男の人は、もうぐったりとしていて、しゃべるのも辛そうだった。
 もう、立ち上がって僕の攻撃も交わせないはずだ。



 弱っている人に!卑怯者!!!



 僕は自分を罵る。けど、こうしなゃ僕は、、、。

 僕はナイフを握りしめたまま、男の人に近づく。

 「う…動くな…いいか…そのまま…じっと…してろ…。」

 僕は、力無く地面に座り込む男の人の首にナイフを突きつけ、体を探る。
 男の人は、僕が体を探るたびに傷に障るらしくて、痛そうに声を上げて、体は、鉄くさくて、血で生温くぬめっていて、すっごく罪悪感が湧いた。

 けど、男の人はコートのポケットに、お金と、少しの携帯食しか持っていなかった。
 どっちも、血で汚れていたけど、僕にはこれでも必要なんだ。

 「も…もう…もってないんだな…これで…ぜんぶか…」
 「ああ…」

 僕は、コートの内ポケットから、PETを見つけた、ちらりと確認にしたけどナビは居ない。 

 「これも…よこせ…!」

 PETは、この天変地異で住み辛くなった今の世界では、これは、もの凄く貴重で、高く売れるって聴いてた(僕も持ってない)。

 「…っ!これだけは…駄目だ…ッツ!!」

 男の人は、なすがままだったのに、突然抵抗した。
 こればかりはと、男の人はPETを僕の手からもぎ返そうとした。

 けど、僕だって黙っていられない。この男の人には悪いけど、こんな少しのお金より、ずっとお金になる。今の僕には、お金が必要なんだ。

 「この…!…ちょ…うごくな…!!…ほんとに…!…さすぞッツ!!」

 僕は、この男の人に抵抗されることがもの凄く怖かった。
 人を襲ったことだって今日が初めてだったし、なにより、この男の人が、普通の人には思えなかったから。

 「か…返してくれ…っ!!」
 「ひぃ…!」

 こんなぼろぼろで、今にも死にそうなぐらいなのに、PETをもぎ取ろうとする僕の手の手首をもの凄い力で掴まれた。
 そして、虚ろだったはずの目が今まで僕が見てきたどんな人の目より、ぎらぎらとした目に変わっていた。

 痛い、、!痛い、、、!!いや、、、、怖い!怖いっ!怖いっつ!!

 「わぁあぁああああぁああああ!!!!!」

 僕は、頭の中が真っ白になって、思わず首に当てたままのナイフを引いてしまった。

 そして、ばっと、温かいものが手にかかったのが分かった。

 「…え…?」

 僕は一瞬、何がなんだか解らなかった。
 そして、男の人が、ぅううだが、ぁああだが、分からないぐらい低く唸りながら首を押さえているのと、ナイフと握っている手が赤いまだら模様になっているのを見た。

 僕は、何か言いたいはずなのに、ぽくぱくと口を動かすだけで、体なんてさっきと比べ物にならないぐらい、ガクガクと、立っていられなくなってどさりと座り込むほど震えて、もう何も入っていないのに吐き気がする、頭が何にも考えられないぐらい痛い、そのくせ、一番離したいはずの、ナイフは、やけに手に力が入って手から放れない。
 体全体が、氷になったんじゃないかってぐらい冷たく寒い。


 「………っ………っつ………」

 僕は、僕は、僕は、、、!!




 「…逃げろ…今すぐ…!!!」

 本当に、消えるんじゃないかってぐらい小さく掠れた声で、男の人が言った台詞はあまりにも意外すぎる言葉だった。
 けど、僕は、この場から逃げたくても、腰が抜けてしまってるのもあるけど、体の神経という神経が今僕がやってしまった行為に付いていけなくて何にも反応できない。
 やけに視界だけが、はっきりと、痛みに苦しむ男の人を捕らえる。



 血の付いたナイフを馬鹿みたいな力で握りしめ、男の人を呆然と見る。永遠みたいな、数秒にも満たない時間の後、僕は。一瞬、やけにはっきりした視界の隅になにかと映ったと認識する前に、突然、何かに押さえつけられた。
 痛いっていう認識より先に来たのは、かなりの衝撃そして、視界いっぱいの砂の色だった。

 そして、漸く痛みと、状況の認識が追いついた。

 僕は、俯せに押さえつけられ、ナイフを握っていた腕がもの凄い角度捻られているのが、見えないけど、すごい痛みと、感覚で分かった。後、大きな誰かが本当に手加減なんてしてないと分かるぐらいの力で僕を押さえつけていると言うことも。
 俯せで、地面に押さえつけられていなければ、僕は絶叫を上げていた。



 「排除。」



 良く通るけど、何の抑揚も、感情も感じられない、そんな冷たい声が背中で聞こえた。


 ごぎゅり、、、っ。


 そして、聴いたことがない、けど生理的におぞましさを感じる、そんな嫌な音が、変な風にされている僕の肩から、耳と言うより、体を通って聞こえた


 僕は、今まで味わったことのない痛みと、恐怖で、意識を手放した。
 僕の意識を手放す、ほんの僅かな間に、あの男の人が、何か叫ぶのが聞こえた。