思い立つ日が吉日 ・9・
あたしは、荷台に無駄にデカイ荷物をくくりつける(荷台があるタイプで良かったな)。
おい、毒舌。くくりかたってこんなもんで良いのか?
、、、ああ、左が傾いてる?
ニンゲンには解らないな、、、こう言うときだけ、
お前を持っていて都合がいいと思うわ。
ぎゅっと、括り付け終わる、軽く成人男子よりデカイ荷物。
まあ、、、治安とかを守ろうとする黒い制服の人たちに捕まらないように気を付ければ、良いだけのこと(何よりの問題は愛車が恐ろしく不格好になってしまうという点、それ以外は大した問題ではいない)。
よし、毒舌君。
この辺りにいらっしゃるその方達に接触しない道を教えろ。
、、、面倒?
アタシのためにそんな労力は、はたくのが嫌?
はっ!
お前、ニンゲンより優れているその頭で考えろ。
あたしが捕まった方が面倒になるだろ?
、、、よし解ったか。
毒舌は、珍しくナビらしい仕事に徹した。
だが、どことなく不満げに見えるのは、あたしのためにという点が大きいと思う。
とことん、嫌味なヤツだ。
はっと、呆れ気味にあたしが鋭く息を吐くのを、一睨みするが、こっちは痛くも痒くもない。
そんな無駄な行為を笑いながらあたしはメットを被る。
そう言えば、ナビって、こんな頭の奴が多いよな、、、。
髪、、、はあるが、どちらかとえば、塊みたいだしな、、、触ったらどんな感触なんだろうか、、、此って軽く謎だな。
おい、おまえさ。女性型ナビとかの髪触ったことあるだろどんな感触なんだ?
、、、おい、無視するな(意外と遊んでるヤツ)。
、、、無視きめこみやがった。
個人的になんか、ワックスとかスプレーを徹底的に駆使して、固めた髪の感触なんじゃないかと思う(さっきあったばっかりのあの人のナビのそれが、完全にそれっぽい)。
軽くそんなことを、冗談半分、本気半分で考えながら、車に跨り強く踏み込む。
一瞬、後ろの重い違和感に振り回されそうになったが、くっと、車体をもう少し動かすと、もう、その重さに振り回されることはなかった。
後はいつもの調子で車を運転する。
だが、いつもよりは穏やかなの運転で。
、、、は?、、、それでも普通の運転よりは荒い?そうか?
一応、制限速度ギリギリだぞ?問題ない。
、、、しつこい、、、良いだろ、人を跳ねる訳じゃないのだから(んなもん跳ねたら車が傷つく上に、あたしは狭くて服のダサイ高い塀のあるとこにぶち込まれる)。
あたし、此でも一般的な善良の市民だよ。
お世話になったのは、ガキの頃にちょろっとだけだしな。今お世話になったら面倒。御免被るぞ。
限られた視界に、信号が映る。
此奴との話に気を取られて危うく、赤で行くトコだった。
そしてその一瞬後、何か急いでいるのかローラースケートで、猛スピードで青いバンダナを巻いた東洋人のガキが通っていった。
、、、危ない、危ない。本当に人を跳ねるトコだった。
軽く舌を打つ。
洒落にならない。
あたしが捕まったら店とかも色々と面倒になりそうだ。
あのバイトなんかにそんな器用な真似出来なそうで、もし任せて見ようものなら、、、、想像するだけで、、、なんだか恐ろしい、、、。
閉店決定じゃないか?
、、、あ?何だって?
実質上、バイトに店は任せっぱなしじゃないかって?
何を言う、一週間の内、平日の五日間ぐらいしか店を任せてないし(まあ、休みの日もたまに呼び出すが)、税金云々とかだってアイツのナビとかに任せているだけだろ?(まあ、店の売り上げの計算とかもたまにさせているが)そのぐらいで実質上とかいわんぞ。
店長として、彼奴らを一応信頼しているからこそ業務を任せているのであって、店長としての責務を放棄しているわけではない。
失礼なことぬかすな。
、、、にしても腹減ったな、、、帰ったらバイトに作らせるか、、、最悪インスタントですませるか、、、。
行きの時間と同じぐらいか、、、。
あたしは、体内時計による大雑把だがだいたい合っているそれで時間を確認する。
往きの時間(花屋滞在時間も含む)、墓場にいたの時間、そして帰りの時間も含めると、半日近くバイトを放って置いたことになるが、、、休みの日に何にも用事がないやつは、本当に都合がいい、持つべきはオトコの居ないバイトだと、しみじみ思う。
カウンターで俯いていたバイトがの酷く緩慢な動きで、こっちを向いたのが店のウィンドウから見えた(多分音で気が付いたんだろう)。
ぼんやりしていたんだろう。
客が来たらどうするんだ、阿呆め。
アイツ暇だと、カウンターでうっつらうっつらと、本当に寝転けているときがある。どういう神経をして居るんだろうか?
ベルかき鳴らし、店内に入り、メットを取る。
「ただいま〜。腹減った飯ある?」
その台詞を投げかけると、バイトはむっと、顔を顰めた。
何か不満でもあるのか?
、、、あ?、、、五月蝿いな、、、。
半日放っといたぐらいだろ?
兎角問題はない。
あーにしても、本当に腹減ったな。
あたし最近食ってないもんあったけ?
、、、、、、。
嫌だ、絶対にヤダね。
野菜なんてあたしの天敵だ、あんなの兎の食うモノ!!
ニンゲンは他の物で充分生きていける、ビタミン云々とかぬかすのなら、あたしはサプリメントの方がいい!!
あたしは肉が食べたい!肉が!!
よし!バイトに今日の晩飯は肉を使ったモノを作らせよう(いつもとおなじという意見は受け付けん)。
んと、顔を向けると、バイトがあたしとナビをみて眼を細めていた。
マスカラばっちりのパンダさんの目が細められて、タダでさえ見づらかった白目がよく見えなくなって、ひなたぼっこをする爬虫類があたしの頭に浮かんだ。
その目はあたしと此奴が仲良さそうみたいなことを言っていた。
それ誤解だから。
お前、此奴の本性知らないだけだから。
でも、此奴が突然なんでこういう眼であたし達を見てるんだ?
「何か良いことがあったのか?お前?」
バイトは、びっくりしたように眼を丸めた。
どうやら図星だったらしい。
バイトは、素直な様子で今日のことを話した。
要約すれば、唯、東洋人のニホン人のガキがナビを連れて来店してきたので、あたしが適当に店に置いてあるチップを売った、それだけの話だ。
けど、楽しくおしゃべりしたんですよと、にっこり笑って話す。
あまりにも高低差の激しい値段驚いていたやら、友達の店を教えたやら、とっても良い子達だったやら。
本当に楽しそうにのその客のことを話す。
ニホン人のガキ、、、、な、、、。
何をそんなに楽しそうに話すのか、また来るとか言われても、もう二度と来ないかも知れないだろ普通。
実に楽観的な、、、。
けど、脳天気にへらへらと話すバイトが、このバイトよりまだもう少し幼かった自分と被った。
多分、この馬鹿面のせいだ。
昔のあたしはこのくらい馬鹿だったからな。
「へぇ…。お前…良い客と会ったな。」
「はい…。また会ってみたいなって思いました。」
にへらっと、顔を崩し、チップの箱が突っ込んである棚を見、レコードの棚と見比べたようにも見えた。
そして、ふっと、ずっと手に持っていた此奴のPETに目を落とす。
別にアイツが朝追い出したままの空のPETだ。
さっきカウンターで俯いているように見えたのは、PETを見ていたのか?もしかして?
意外と、感傷的なヤツだ。
つまらない。
もう少し、他人の不幸を見ていたかったな。
そうそう、こういうタイプは、天然で人を傷つけてみてるこっちはなかなか面白いんだけど、もう期待出来ないな。
少しそれは残念だな(悪いけど、あたしは人の幸福ではなく不幸の方が面白可笑しくて好きなんだ)。
あの指名手配のじーさんからもらった、今日のバイト代がわりのあれも仲直りとやらの材料になりそうな予感がする。
あー、でもどうでも良いな。
何だよ、お前何でそんなにニタニタしてるんだ、なんか腹立つぞ。
相変わらずバイト贔屓しやがって、、、。
なんだ、お前あんな、まあ可愛いんじゃない的なレベルの顔が良いのか?
あんな程度の顔、捜せばごろごろ転がっているだろうに。
あたしという、美の女神がご寵愛をたんまりと受けた美女が居るというのに、喧嘩売ってるのか。
、、、ああ、そうかあたしみたいに完璧美人と一緒にいると、美醜の感覚が狂ってくるんだな、あー、美女って何時の時代も罪な存在だな。
毒舌ナビは、はぁと、ため息をつき、それ以上言葉を紡ぐことはなく、バイトにコピーロイドを渡してられと催促した。
はいはい。
少し、納得いかんが、まあ良い。
「ちょっと、まってろ。良いもんをやる。」
バイクの荷台に括り付けた、あのじーさんから貰ったそれを解き、バイトに半ば投げつける形で渡す。
「ほれ。やるぞ、あたしからの餞別だ。今日の特別手当。」
「あぎゃぁ…!?」
特別手当という名の今日のバイト代替わり。
このぐらいの重さで潰れるなんてなんて貧弱な。
そして、箱に潰されて箱の下敷きと化した(わ、面白)。
バイトに恨みはない。別に。
強いて言うなら、この前のオムライスにグリーンピース入れたことは、ま、恨んでるけど(あたし、ニンジンはオムライスに入ってる分は大丈夫なんだよ、グリンピースの方を抜いて欲しかった、アレ噛んだ瞬間、びゅって青苦い味が口の中に広がるから嫌いだ)。
「これなんですか!?一体!!」
バイトが潰された箱から這い出ながら、あたしをじとっとした、到底自分の勤め先の上司を見る目とは思えない眼であたしを見上げる。
「おまえ、失礼なこと考えてるな。」
うっと、バイトの顔色が豹変する。
図星だったようだ。
化粧まみれのその顔、思いっきり擦ってやろうか?下手な映画のモンスターより、悲惨な状況になると思うぞ。
「で、冗談は良いですからこれ…何ですか?」
誤魔化すように話を逸らす。
眼が泳いでるな、、、たく、本当に嘘の、うの字もつけんようなガキだなホント。
「コピーロイドだ。」
誤魔化すように話を逸らすから、それに素直に乗せられてやる。
バイトは、は、、、?っと、一瞬、あたしの言った言葉を理解するのに、時間がかかるほど、驚いたようだ。
コピーロイドがどうかしたのか?
「あの……」
バイトは、急におずおずとした様子を見せる。
どうやらコピーロイドの価値はそれなりに知っているようで、柄にもなく遠慮しているしているらしい。
「どうせ、タダだ。それにあたしはコピーロイドを既に持っているし、第一そのコピーロイドはでかすぎて、あたしのナビにあわん。」
あのじーさんがよこしたそれは、でかくて使いづらそうだ(箱に刻印されているメーカー、最近コピーロイドで急成長を見せている会社の。ほんのちょっと前までは、IPC社に何をしても敵わなかった中途半端な会社だったが、、、)。
今持っているヤツで充分(コピーロイドは意外とスペースを食うんだ、二体もあったら邪魔としか言いようがない)。
「因みに、あたしのコピーロイドももらい物だ。」
『………男からだがな………』
五月蝿い。
あたしがもってんのは、一流企業に使われているのを、なんか勘違いしたド三流企業の御曹司が、あたしが冗談で零したおねだりを叶えてくれたもんだ、貰った後フったが、、、(あたしがねだったのが、エセ金持ちには、かなり痛い値段の超が二つも三つも付いてもおかしくない、IPC社製の高額で良質なコピーロイド、その馬鹿御曹司がそうとう無理して買ったようで、親の社長に勘当されかかったから)。
とはいうものの、バイトにやった会社のも悪いというわけではない。
ガタイが無駄にデカイてのが難点なぐらいで、性能も値段の方も今やIPC社と肩を並べる代物だ(多分あのじーさんが知恵をちっとばかし貰ったんだろうからだと思う、、、もしかしてこの無駄なごつさはじーさんの趣味とかないよな、、、?)。
さてと、バイトにあたしの夕飯を作らせるか、、、。
あ?なんだって?
もう返してやれ?
なにいってんだ、後二時間もバイト時間残って居いるんだぞ?
勿体ないじゃないか、使えるモノは使わないと、、、、え、、、、?
、、、、。
、、、わ、解ったから、、、その猫なで声でおねだりするのやめろ!!!
肌が粟立ったぞ!!
此奴が普段だしたこともない、ねっとりとした甘い声をだす。
解った解った!!
今日はもうバイトを帰らせればいいんだろ!!
あ、後なんだって?、、、、え?
あーもう解ったよ!!!もうその声でしゃべるな!!!
ぞぞぞわっと、ライディングウェアの下で粟立つ肌を感じ、なんか、脱力した様子のバイトを見下ろす(何脱力しているんだ?)。
「お前のナビと、出かけて来い。」
はぁっと、あたしは心で大きく息を付き、店の奥に引っ込み、リビングへ行く。あー、なんか腹いせしたい。
「今日は、飯はインスタントですませる、だからお前は帰れ。」
ウェアのジッパーを降ろしながら、防犯装置のパネルウィンドウをPETから展開する。
畜生。
面倒だな、、、。
ブーツを脱ぎ捨てグローブを剥ぐ。
「でも…時間…」
五月蝿い。空腹もともなって無駄にかちんと来る。
「閉めるぞ?」
「きゃぁああああ!!!出ます!出ます!!」
絶叫と共に、思い音を引きずり猛スピードで走っていく気配がする。
からん。からん。と、ベルをかき鳴らす音が聞こえるか聞こえないか位で、シャッターを降ろす。
ずざっと転んだような気配もしたが、、、もう知ったこっちゃない。
、、、どうやら一応出られたらしい。
前に一度、帰れと言ったのにぐずぐずしてたから、閉じこめたことがあった。
暫く放っておこうと思ったら、たまたま、スリープモードに入っていた此奴が思ったより速く目を覚まし、結局閉じこめたのはほんの二時間くらいだけだったが、、、(ほんと、此奴バイト贔屓)。
ジッパーを降ろしたウェアを脱ぎ捨てる。
ぐーと、派手に腹が鳴った。
畜生。
腹が減りすぎて気分すら悪くなってきた、、、。
インスタントですら面倒になってきた、、、。
こてんと、ソファに倒れて、寝ころびながら靴下を脱ぐ。
、、、あー、そうだねー、流石に飯を抜くのは健康に悪いか、、、。
でも面倒なんだよ。
アンダーウェアを脱ぎながら、PETを睨む。
中で呆れたように、半眼していた。
だったらお前が作ってくれ、、、インスタント暖めるのぐらいだったら、簡単だろ、、、。
そう断られるの前提に、訴えた。
すると酷く意外な答えが返ってきた。
『…解った…。』
「え…?」
時が止まるって、こういう事を言うんだろう、、、。
此奴が雑用を頼まれてYesというなんて、、、奇跡のようなモノだ、、、。
思わず、スパッツにかけた手が止まったほどだ。
『…コピーロイドにプラグインしろ…そうしないと俺は…冷蔵庫を開けることさえ不可能だ…。』
「あ、ああ…。」
あたしは、あたしらしくない、わたわたとした動きで、ソファの隣に転がしてあるそれに、プラグインさせた。
毎度の事ながら、マネキンによく似たそれが徐々に電脳空間内のソレに変化していくのはとても不思議に思う。
五体の一部一部がこっちに何だろうか、、、現れる、、いや、来る。この光景は一種背徳的なモノさえ感じる、ニンゲンが創り出した、ある意味新しい世界のソンザイを具現化させる。
万物を創造し、この世界に具現化させたカミサマの、真似事に思える。
そういえば、宗教的な観点を重視する輩からは、神を冒涜するなんてやけに騒がれてるな。
のんきに考えていればもう、完全にこっちにきていた。
「じゃぁ、頼む。」
「…ああ…。」
こっちに来れば、あたしより僅かに背の高い此奴は軽く勝ち誇ったような眼をする(あたし女でも結構高いほうなんだけど、、、微妙に此奴の方が高い)。
キッチンに行き、くくっと、カウンター越しに咽で笑う。
そんなに嬉しいんだろうか?
確かに、此奴を初めてコピーロイドでこっちで初めてあったときは、小さな此奴を見下ろすのが当たり前で、酷い違和感を感じたものだが、、、。
何度も、こっちに呼び出している内に違和感こそ覚えなくなったが、あいつは何時も、どことなく嬉しそうにあたしを見下ろす。
、、、極端にバスケ選手とまでは行かないが知れなりに長身。ナビって、ガキ型じゃない限り殆どが長身だ。
昼間見たあの人のナビも結構な長身だったし、、、バイトのナビにいたっては、こっちに来たら此奴よりも彼よりも。でかいんじゃないかと思う、だって、電脳空間で並んだときあのナビ、頭一つと半ぐらい此奴より出かかったし、、、(彼は此奴より頭一つぐらい、でかかったしな)。
身をかがめながら冷蔵庫からインスタント食品を適当により出すアイツを見ながら、スパッツを脱ぐ。
がごんっつ。がらがらっつ。
なんかぶつける音がしたあと、物が落ちる音がした、、、。
あー。この馬鹿。
アイツが、あっといしたような表情を見せる、一瞬アイツがモノを拾うためで視界から消える、、、その一瞬で落としたモノが唯の調味料の瓶だと言うことが分かった(バイトが持ち込んだもの、料理を任せるようになった頃から徐々に持ち込むようになった、因みにあたしは触ったこともない)。
落としたのが食器じゃなくて良かったな。
位置的にアイツの肩の出っ張りに当たって落ちたんだろう。
ナビってなんでこう、ごつごつしているのだろうか?
鎧を着込んだ外見ていうのが、ナビの一般的な姿だと誰もが思っているはずだ。
比較的がらんとした電脳ではたいして困らないと思うが、こっちではかなり不便な姿に違いない。
脱げないんだろうか?あれ?ちょっと興味在るな、、、。
ソファの寝心地を守るため、脱いだモノをソファだから蹴り落としながら思う(誰も一度は思う素朴な疑問だきっと)。
ぎゅるるるぅっと、かなりの音量で腹がまた鳴った。
思考にも栄養を使うんだと、しみじみと感じさせられた。
うーと空腹唸りナリながら、ブラとショーツ姿という、女を捨てた格好で腹を押さえる様子は、格好に見えるに違いない(家の中ぐらい許されるだろ)。
「酒も用意しろよー。」
「…そのぐらいは己で行動しろ…俺は夕餉の支度しかせん…。」
「…はーいはい。」
あたしは、空腹はぎりぎり我慢出来ても、酒は我慢出来ない(此奴はこっちにくると、PETひきこもりが出来なくなるので、ある程度は会話が出来るようになる)。
なにが夕飯の支度だ。偉そうに、、、。
インスタント暖めているだけだろうが。
しぶしぶ、脱ぎ捨てたブーツに足を捻りこみ、家庭用の小型ワインセラーから、気分的に辛口の白ワインを取り出す(本当はビールが飲みたかったが、昨日きらしてしまった)。
そして、グラスを取り出すためキッチンに入る。
「酒、酒っと…。」
「…アルコール中毒予備軍…。」
吐き捨てるように、呟く。
五月蝿いな、、、酒の味もわからなそうヤツが何を言うんだ。
腹いせに、さっき浮かんだ素朴な疑問を試すため、手を伸ばし毒舌のメットの突起を軽く引っ張る。
「…ぁがっ!!」
軽くだけど、引っ張ってとれないのは、少し残念な気がしたが、面白い声が聞けたからまあ良しとする。
ぎろっと、恨めしげに睨まれるが流す。
ザマミロ、油断している方が悪い。
「…夕餉の支度を中止してやるぞ…?」
「ゴメンナサイー、ワタシクガ、ワルーゴザイマシタヨー。」
僅かに、不機嫌そうに口のはしを曲げるのが解った(あたし以外には分かんないんだろうな)。
ふと、曲げられた口を見、てまた素朴な疑問が湧いた。
そういえば、、、ためしてみたことなかったな、、、。
かつ、かつと、食器と硬い物が擦れ合うニンゲンが食器を扱う時には決して鳴らない音を奏でて(此は此奴の手の構造上仕方なそうだが)、ソファの前のテーブルにボーイを思わせる仕草で、あたしの今日の夕飯を並べる(全部インスタントという何処とない虚しさはあるけど、、、)。
「あーあ、あのクソガキに作り置きでもさせておけばよかった。」
「…そんな…頻繁にアルバイトを駆使するのはどうかと思うが…。」
「はっ…あのハイレベル不器用の唯一の個性を評価してやってるんだ、感謝して欲しいぐらいだな。」
「…阿呆…評価して居るのだったら…貴様が調理技術を覚えればいいことだろうに…。」
「…面倒な事はしない主義なんだよ…。」
コルクを引き抜き、グラスにどこぞのカミサマが自分の血を申したソレを注ぐ。
カミサマは色でワインを、自分の血と評したわけではないらしい。
確か、葡萄の樹が大昔、復活の象徴だったとかだった気がする(倫理の授業でなんかいっていたような気がする)。
「…グラスを二つも使用するのか…また注ぎ直せばよいだろうに…この大酒のみが…。」
「悪いけど、違う。」
もう一つのグラスに最初のグラスのやや乱雑に、やや多めの量を、注ぐ。
そして、此奴の目の前にぐっと、突き出す。
とても不思議そうな顔をした。液体とガラス越しで見る歪んだ顔が面白い。
「飲めるのかの実験だ。」
ほれ。っと、飲んでみろと更に突き出す。
別に躊躇いもなく、グラスを受け取る。そして、偉そうに匂いを楽しむようにグラスを回す(嗅覚在るのか?)。
「…よくもまあ…次々と阿呆な事を考えつく女だな…貴様は…。」
「まあ、良いだろ?ニンゲン幾つになっても好奇心は大切だ。」
なっと、揶揄するように、グラスを傾け、きぃんと、涼やかな音を立る軽い乾杯をする。
「…故障しても俺の性ではないぞ…。」
「壊れたらバイトのを返して貰えばいい。」
「…上司として…いや…人として最低だな…生きている価値が…あるのか危うくなるほどだな…非常識にも程がある…。」
常識など知ったことか。
はぁっと、酸素を必要としていないくせに、大きなため息を吐く(どう吐いているんだ)。
そして、此奴は意を決したように、煽り飲もうとした。
だが、、、。
ごがっつ。がちんっつ。
びちゃぁっつ。
メットの出っ張りと付きだしたマスクが邪魔をした(此奴の顔は目と口以外、マスクに覆われている形)。
少し強くぶつけたのも、グラスに結構の量が入っていたせいもあって、ワインがばしゃりと零れ顔にかかった。
グラスを握りしめ、無表情のままで、拭いもせずに、マスクから顎から透明な液体を零す。
ぱたぱたと、テーブルのクロスに滴り、酒の匂いが広がる。
あまりに間抜けすぎるそれに、あたしは笑いまくった。
「あははははっつ!!間抜けぇ!!阿呆丸出しだなぁ!!ざぁまないなぁ!!色男!!」
「………。」
顔こそ無表情だが、よく見ると、本当に小刻みにグラスを持っていた手が震えていた。
かなりに屈辱だったらしい(当然か)。
此は飲む以前の問題だ。
此奴は飲食とは無縁の輩だから、殆ど見よう見まねで飲もうとしたんだろう、だが、よくその具合が解っていなかったらしい、見様見真似で、汚く飲み食べ散らかす赤ん坊の飯と一緒だ。
あたしは女を捨てたままの格好で腹を抱えて笑い、一応ナプキンを渡す。
片手でグラスを握ったまま、珍しく、手荒にあたしの手から奪うようにナプキンを奪うとがしがしと顔を拭く。
「………。」
そして、じっと、グラスを睨み付け、今度は慎重に顔に近づける。
けど、メットの出っ張りは避けられるが、口こそ開いているがマスクがグラスの邪魔してまた零れそうだ。
ストローでもない限り此奴の構造上、グラスで零さず飲むのが不可能のようだ。
「…す…すとぉ…でも…やろう…か…っ?!」
「………。」
い、いかん、ツボに入ったかも知れない、、、っ。
あたしのにたにたとしたした視線をうけながら、そして、酷く鬱陶しそうに、不機嫌に自分のマスクを弄る。余程、あたしに言い返さないことが悔しいらしい。
ナビは別に飲食を考えて作られたわけじゃないから、まあ、当然だろう。
僅かに開いている口元とマスクの境目を引っ掻くように弄くっていた、と、何の前触れもなく、がこんっと、オモチャのパーツが欠ける音のような乾いた音が鳴って、、、。
「「…っつ!!」」
マスクが、、、取れた、、、。
それはもう、突然に。
あたし達がその、「マスクが取れた」という認識が追いつく前に、その取れたマスクは、カーペットを轢いた床に落ちるすれすれで、電脳空間でモノが消えるときのように細かな粒子となって消えた。
「「取れるのかっつ!!それっつ!!(これっつ!!)」」
あたしだけでなく此奴自身も相当に驚いたらしい。
当然だ、バトルチップやドレスアップチップのように、変わる、のではなく。取れた、のだから。
ニンゲンのように、脱いでという過程はない、身体の構成データがそのまま変わる、つまりニンゲンに置き換えれば、服がそのまま皮膚のようなナビからすれば、、、。
此は結構、大事件なのかも知れない。
律儀にも一度グラスをちゃんと置いて、ぺたぺたと、顔を触る。
此奴の顔が、此処まで蒼白に顔に変わったのを初めて見た。
因みに、あたしの方も勿論、相当に驚いている。
さっき、あたしが触っても取れなかったのに、突然、がこんっというのもあるけど、、、素顔っていうか、、、マスクがない顔を、、、二十年近く付き合っていて、初めて見たのだから。
やっぱり男性型ナビであるから、、、顔こそ中性的なヤツだが、オトコ特有の堅さのある輪郭をしていた、、、。
考えれば当然のことなんだろうが、マスクの下なんて想像したことなかった、、、。
マスクがあることが当然だったから、言うならば、眼が二重とか鼻が高いとか、そういう顔の特徴の一つとしてとっていた。
まあ、暫く馬鹿みたいじじ分の顔を弄くっているのも面白かったが、、、飯が冷めるし、ワインは温くなっては勿体ない(驚きは意外と当事者以外長続きしない、その驚きが大きいほど)。
「そろそろ、ナルシストごっこは辞めておけ。」
はっと、手の動きが止まる。
あれだけ自分の顔を撫でまわせば、もういいだろう。
「温くなる前に飲んで見ろよ、美味いからきっと気に入るぞ。」
あたしは、煽るように自分のグラスの三分の一を一気に飲む。
酒特有の熱さがかぁっと口と食道に走り、舌の上に美味い辛みが溶け、なんとも言えない酸っぱいような甘いような匂いがする。
あー、、、やっぱり酒は美味い、、、。
うんうんと、あたしは、改めてそのうまさを実感する。
此奴はあたしの実演を見、漸くマスクという障害物がなくなりグラスを唇に付ける。
そこで、一度、止まる。
そして、意を決したようにぐっと、煽った、、、酒が口に入った瞬間。
「……っ!!…ぉごほっつ!!…がはっつ!!!」
「わ!きたねぇ!!」
咽せた。
ぶはっと吐いた訳じゃないけど、ナプキンをがっと掴み、其処に顔を埋め得るようにごほごほと咽せる。
なんとも言えない悶絶した表情だ。体液があり、涙が出る身体だったら生理的な涙が出ていたに違いない。
「…!…に!…苦いっ…?!…ぁ…熱い…?!」
「うわ、ガキ味覚!」
「味覚」という案外デリケートな代物を初めて駆使する此奴には、「酒」という味はきつかったらしい。
本当にガキの味覚だ。
確かに、あたしもガキの頃、酒の味が理解できなくて苦しんだのを思い出す。
此奴の味覚はまだガキだったのか、、、オレンジジュースぐらいからいけばよかったかもな、、、。
酒という未知のそれに、本当にガキのように混乱を見せる其奴の広い背中をばしばしと叩く。
「あはははは!!!最初から酒はきつかったな!!此は悪い悪い!!」
「こ…っ!こんな物が旨いと感じるのか貴様らは!!!」
「やっぱ個人差があったな!!」
「確信犯か!貴様!!この外道っつ!!!」
許せ許せと、珍しく感情丸出しで憤る此奴の、体温のない冷たい、硬い感触の胸を押す。
ニンゲンとはやっぱり違うんだと、実感できる、、、でも、、、とても近い此奴。
こんな風に、どんどん新しいトコをを見つけ、生々しいところを見つけ、此奴の身体に触れられる。
此がこんなに面白い事なんて、あたし自身でもよく解らない。
二十年という時間は、こんなにも、お互い居場所の近さを変える。
此奴には、よく死にくたばれと思う。
けれど、本気で他のナビに変えたいとは、不思議と思ったことはない(まあ、此奴がこんなナビだったらいいなとは思うが、、、)。
こんな、カゾクでもなければコイビトでもない此奴。
この関係に、他人が名前を付けるなら、何というんだろうか?
あたしたちが納得出来る答えをよこした奴が居たら、其奴にとびっきり美味い酒を、あたし自ら奢ってやる。
無いと思うが。
あの人とあのナビしか、あたしたちを満足させる答えなんか持ってないだろうしな。
「なあ、取れたそれ、治るのか?」
「…さあ…?電脳に戻れば…戻るんじゃないか…?ヒットポイントには…何ら変化はないからな…構成データの損傷ではないようだ…。」
「ん〜。その調子で、全部脱げ。なんか面白そうだ。」
「…世にも珍しい女の追いはぎだな…。」
でも、あのナビは、今どうしているのだろうか?
一人で、あの人のことを思っているのだろうか、、、。
あのデカイ体を小さくして、思いに浸ったりして居るんじゃないだろうか。
「じゃあ、手始めに、メット取れよ。」
「…拒否する…。」
「減るもんじゃないだろうに。オンナノコじゃ在るまいし、恥ずかしいのか?キモイ。」
「…貴様に…命じられて…其れを行うのが…俺は嫌なんだ…。」
きっと、軍にでもおわれているはずだから、誰にも頼れない身だろう。
本当に独りなんだろう。
「痛くないから良いだろう?」
「…拒否する…。」
「メット取ったらやっぱり、お前にも髪の毛在るのか?」
「………。」
けど、あの人と会って後悔はしていないと思う。
じゃなかったら、わざわざ面倒な墓参りになんかに来るはずがない。
ナビなんだから、本当に忘れたかったら、好きにデータを消せばいい。きっと、自分が何を忘れたかさえ解らなく出来るソンザイでもあるのだから。
「あ、ハゲって可能性もあるな!」
「……!!」
そんな彼の馬鹿にまっすぐなあまりにも時代錯誤な忠誠心に、そして、今は、学者達の間でソンザイの有無が肴になっている世界にいるあの人に、言おう。
「…それは…ない…絶対にないぞ…。」
「いや、お前ってさ、髪の毛とか一部でも出てるわけでもないヤツだろ?ハゲじゃないって言いきれないと思うが?」
「…確かにそうだが…。」
「じゃあとれ、すぐに取って見せろよ。」
「…一度で理解出来なかった貴様の…頭脳に同情してもう一度言ってやろう…貴様に指示されて大人しく従うなど…腹ただしいしい…反吐出る…。」
とりあえず、あんた達が今、非常に羨ましいよ。
「五月蝿いハゲ、ハゲ。ハゲハゲハゲハゲハゲハゲハゲ…。」
「…喧しい…雌犬…第一…マスクが取れたからっていって…メットまでそう都合良く…取れるはずが…。」
ごがごっ。
「「あ…。」」