思い立つ日が吉日 ・6・



 それから、あの人は、一ヶ月に二、三回ぐらい、店に来るようになった。
 とても不定期だった(その当時、店番はあたしがやってることが多かったが、学校とかで逢えないこともあった)、平日だったり、休日だったり、早朝だったり、真昼だったり、、、(ウチの店は基本、年中無休だが、しめる時間は早い、夜は遊びたいのは家系らしい)。


 どんな仕事しているのだろうかと、その当時のあたしは、そう思いながらあえて聴かなかった。何となく、答えてくれないだろうと、思ったからだ。

 もし、答えてくれたとしても、非常に例に挙げるのさえ胃から吐瀉物がせり上がってきそうな程嫌だが、クソ親父と同じような回答が帰ってくるとも思ったから。

 クソ親父は、何も言わなかったけど、サイドビジネスをやっていたようで。
 そのサイドビジネスは、何をやっているのだろうかと、女と化粧と酒の匂いを漂わせたゴミ同然のクソ親父に尋ねたことがある。

 そしたら返ってきた答えはこうだ、シンプルに一言。


 なんだと思う?

 
 、、、分からないから聴いたというのに随分な反応だと思う。
 無性に腹が立ったから、それからその話題を持ち出すことはなかった。


 因みに、クソ親父はあたしが、ティーン終了直後の歳に店をあたしに任せて(まあ、店番殆どあたしがやってたし、実質上店はあたしが運営してたけど)、出ていった。
 別に変わった様子はなかった、何時も通り、癪に障る笑いを浮かべ、何時も通り、やけに鋭い八重歯をむき出して、、、。


 店はこれからお前の物だ、売るなりなんなり好きにしな。と。


 と、土地とか云々の権利書をあたしに押しつけ、何時もと同じように出ていったきりだ。

 それからクソ親父の行方は知らない、一回あってもいない、メールも電話さえない。
 実におかしなことだが、あたしはクソ親父のケータイ番号も、メアドもさえ知らなかった、考えてみれば家以外で親父と会ったことも連絡を付けたこともなかった。

 あのクソ親父は放任を名の下に、あたしに、家と飯と金を与えていただけで、子育てらしいことはしてなかった(別に、虐待されていたわけではないし、此があたしの普通の家庭像だったから、後、親が生活態度にノータッチって良いと思ってたから。それに関しては別に不満はない)。


 ああ、でも、生きてはいるようだ。時々、月に二、三回、何故かあたし名義にされた、大量の請求書が届くからだ(全て、そちら系の店とか、酒代とか、、、)。
 だが、あたしは、借金取りにおわれてはいない。
 んなもん、オトコには払わせるから。問題ない(一セントも払ってない)。


 だが、面倒くさい。
 あー、大人しく死ねばいいのに、と、いうか今すぐ死ね、死ねと祈る。



 ああ、思考がずれた。


 でも、あの不思議な人と話すのは面白かった。
 オトコと話すのではなく、、、あの人と話すのが楽しかったのだ。

 何だろうか、あの人は時折ちゃかすようにあたしを極端にコドモ扱いするとき以外、あたしを、オンナでもコドモでもなく、あたしとして扱ってくれた。

 別に、ぎゃーぎゃー、トモダチと笑って騒ぎながら話したわけではないし、きゃーきゃー、オトコと騒いで誘惑しながら話したわけでもない、、、唯、話した。


 あの人はあまり長居をしなかったから、深く話せることは出来なかったし、本当に話すだけ。


 、、、考えてみれば、当時からあたしは、老若男女が見ほれる美女で(自覚済み)、両手に余るほどのオトコを(それこそ、歳関係なく下から上まで)夢中にさせていたというのに、あの人はその美貌に顔色一つ変えてくれなかった、、、(初めてあったときも、レコードに夢中だったし、、、あれ、、、あたしは、レコードに劣るのか?)。


 まあ、その当時のあたしがそう考えて、例えその艶を使ったとしても、、、多分、、、美女のプライドとして認めたくないけど、、、はぁ、、、絶対、、、あの人は振り向いてくれるどころか、気にもかけずあしらわれて、多分なんだかんだで丸め込まれて終わりになったと思う。

 つまり、あたしが言いたいのは、純粋に店員とお客関係だったと言うこと。


 よく出した話題は、あの人が、店で決まって買う、、、レコードのこととか。
 あたしのある意味天才的毒舌ナビと、あの人のカタブツ真面目忠犬ナビを比べたりすること(からかうと面白かった、、、あのナビ、、、)。

 あの人も助けてやればいいのに、あたしと一緒になってからかったりもしてたしなぁ、、、でも、あの人、、、自分のナビのことすっごく大事にしてた。
 見てれば解るぐらいだ。


 ああ、、、ナビといえば、、、。
 それから、コイツとの関係は百八十度変わった。

 自発的無口ナビは、口を開けば、一気に高濃度毒舌生産機ナビに変わると解ったから。

 ふざけんじゃねぇ!消え失せろ!この毒舌最低野郎!!と、言い五、六発蹴り飛ばす、ま、これが普通のの反応だろうけど。


 、、、え、ん?何言ってるんだ、、、?此が当然じゃないのか?。

 普通に蹴り飛ばすだろうムカ付く輩は?(殴るのは嫌だな、そんなムカ付く薄汚い輩を手でやったら手が穢れる) 。
 よしよし解ったか、、、(気のせいか、酷く遠くを見て話されたが此は放っておこう)。


 いかんいかん。
 思考を戻そう。
 あたしは、口開いて本性見せたこと後悔させてやる!地獄の底に逃げたとしても銛か何かでブッさして引き上げてやるわ!!って、いう、売られた喧嘩は、ラッピングして可愛らしいピンクのリボン付けて返してやるぜ?てな、根性だから。

 それから、今のスタイルになったのは、ま、自然な流れだと思う(因みに、一回、思いっきり猫なで声で話しかけたら、心底気味悪そうな面して画面を強制終了させられた)。

 あたしがふっけければ、毒舌はエンジンがかかったようにいつもの調子になり、あたしに返す。そしてあたしが、それに言い返す。そして毒舌が、、、。

 っていうエンドレスだ。自分でも単調なパターンだと思う。けど、此が一番しっくりくる(そしていつの間にか、毒舌は、あたしにしか聞こえないような小さな声で話すという酷く憎たらしい方法をとりだした。おかげであたしはこれからPETを怒鳴るというかなり奇特な習慣が出来た)。


 だが、気になるのは、なぜ、あの時、、、今まで黙っていた口を開いたのか、、、未だに解らない。

 時々、何気ない感じを装って、毒舌にそれをよく聴くのだが、、、答えてくれない、お得意の無視になる。
 畜生。何時か聞き出してやる、、、(不思議なことに、あの人は解っていたようだ。でも、教えはくれなかった)。


 、、、あ?なんだって、、、?


 嫌味なヤツだな、あたしが、のたうち回って醜く死ぬときに気が向いたら教えてやる?


 あり得ないこと抜かせ、あたしの寿命は百万歳。
 あと、、、あたしは、のたうち回って醜く死ぬなんてゴメンだね、自分の寿命、自分の好きなようにを使い切ってから。

 絶対、笑って死ぬんだよ。あたしは。










 からん。からん。


 「ん…今手が離せませーん…ひやかしなら帰りやがってください…って、あー、おっさんじゃん!いらっしゃーい。」
 「邪魔するね。」


 カウンターで、チョコを口にせっせと放り込みながら、雑誌を読んでいたら、おっさんはやってきた。
 殆どの確率で着ているいつもの愛用だろうのコートを纏って。

 おっさんは、店に来る回数は少ないから、次に逢えるときまで間があく。
 けど、今回は結構間があいていた。


 「久し振りじゃん!なんかオンナにでもかま…って!うっさい!!少しは黙ってろ!口縫いつけるぞ!!」
 「相変わらずだね、君は。」


 そういうおっさんも、相変わらずの表情を浮かべて、笑う。
 店に何回かきているうえに諸事情をよく把握しているおっさんは、あたしとこのナビとの特異な会話にはすっかりお馴染みになっている。


 「嫌な相変わらずだってーの!!おっさんにはこの苦労分かんないでしょーにさ!!」
 「はは、確かに。」


 その時、あたしは唐突にあれ?っと思った。


 おっさん、少し、、、痩せた?


 おっさんは別に太っているわけではない、だからといって細いってわけでもない。
 何というか、綺麗にというか、均等に筋肉が付いている身体で、まあ、理想的な身体ってヤツだ。

 だからこそ、あたしは、簡単に気づけた。


 久し振り会ったおっさんは、僅かだけど頬が少しこけて、無造作だった髪が更に痛んでいる感じで、顔色が疲れたとき特有のくすんだ色になっている。

 けど、やつれたという感じはない。寧ろ、精気というか、迫力というかそいいう物は、逆に増している感じ。

 目の回りにうっすらクマが浮いていいるけど、おっさん元来の意志の強そうな目がぎらぎらと光っているから、かえって縁取られているみたいにみえて、ばっちり相乗効果。

 あたしは、まるで、野良犬みたいな目だなぁと思った(都会生まれなあたしは、野生の動物って見たことないし、あたしが知っているそんな眼をしたイキモノってそれぐらい)。


 「なぁ、おっさーん?なんかあったぁ?」
 「…どうしてそう思うんだい?」


 何時も通り、ごちゃごちゃとした分類もクソもない店内の棚をあさろうとしていたおっさんは、振り向いた。

 あたしは、何故か、急にどぎりとして、適当に誤魔化す。


 「んー?何となくー?仕事が忙しーのかなぁーって、ここにも最近来てなかったし!!」


 けらけらと、いつものあたしでかえす。
 何だか、今のおっさん、、、いつものおっさんじゃない感じだ。なんかは解らないけど、、、?


 「仕事柄忙しいことには慣れているよ。まあ、強いて言うなら酷く個人的なことだ。忙しくて疲れるんだったら、俺よりかコイツの方が疲れているはずだよ。」


 お気に入りのコートからPETを取り出して、とんとんと、指でPETを小突き笑う(あ、PETにデカイ傷、、、どっかに落としたのか?)。


 『…いや、ワタシは大丈夫だ。それより、貴方の基準で疲れるは倒れることだろう?普通は今の貴方の状態は充分疲れていることを指すぞ。』
 「げっ、それマジ?おかしいだろ?それ…。」
 『…恥ずかしながら…。』
 「…そうか?」


 基準がおかしーぞ、おっさん。
 世間一般では、おっさんの基準は過労死の基準になると思う。


 「おっさんってさぁ、もしかして、アンタが居なかったら、当の昔にニンゲンらしい基準、もっとぶっ飛んだものになってるんじゃね?」
 『…否定できないのがとても辛い。』


 はぁっと、重い物を床に落とすようなおっさんのナビの重いため息が聞こえる。
 おっさんアンタ、このナビが居なかったらマジでヤバいな。

 この店以外でおっさんを見たことがないけど、このおっさんの私生活が恐ろしい(一瞬のワーカホリックだな)。


 「随分と酷い言われ草だ。」
 『…事実ではないか。』


 酷いナビだと、態とらしく哀しそうおっさんは呟いた。

 そして、棚に目を戻した。


 おっさんがいつも数枚買っていく(多いときはどばって買っていくけどね、そんときが流石に袋あげるよ)レコードは、どうやら結構店には置いているらしい。
 この店は分類はない、だいたいこの棚は最近の。だいたいこの棚は云十年前のという酷く曖昧な感じだ(因みに、一番古いのは、店の角で端の棚、この店の初代店主、つまりあたしのひいじーさまの頃からあるという、三桁に近いほど古い棚だ)。
 つまり、欲しい物が欲しければ、だいたいその欲しい物が何時の年代の物かだいたい目安を付けてあさるしかない。

 たく、物があふれないのが不思議だ。

 生まれたときから此処に住んでいるあたしだって此処に何があるのか、調べようという気すら起きないのだから、凄まじい状況(ある程度昔の棚は幾らか分類の面影が残っている、どうやらいつの間にか開いているトコに売り物突っ込むという風習になったらしいウチの店)。


 、、、ん?こんな店だか、ゴミ捨て場だか、酷く曖昧な店内に中からレコードを見つけることが出来る、おっさんは考えれば、すげぇ。

 例えば、おっさん。
 主に何処の国の本だ、何時の雑誌だと、問いつめたくなるぐらい、妖しげな書籍関連がつっこまている棚から見つけたり。
 主に、誰が買いに来るんだ、というか何時仕入れたんだという、馬鹿でかい水槽やら、照明器具や濾過器やフィルター、肝心の熱帯魚扱ってないだろうという意味無いだろうという、アクアリウムの棚から見つけたり。


 、、、ウチの店の歴代店長全員、あたしの直系の血縁だと思うと、なんか、、、げんなりしてきた(何考えていきてんの?)。


 でも、今日のおっさんは違った。
 棚こそいつもみたいに弄くっているけど、何時もみたいにレコードを捜していなかった。
 唯本当に、眺めているだけ。


 変の。
 いつものおっさんなら、もうレコード一枚くらいみっけてもおかしくないのに。


 そう思いながら、もごもごあたしは、チョコを食うことを再開した。


 、、、ん?何だって?別に良いだろ!!客の前でもの食ったって!!店である以前にここあたしん家なんだからさ!!
 は?逆に言えば、家である時点で此処は店だ?

 関係ない!!

 あたしが良しとすれば良しなの!!

 どうせクソ親父が、死ぬかあたしに店を譲れば、自動的にあたし物だから!!


 ふん!っと、此見ようがしにチョコを、ぽんと一気に三つ口の放り込む。


 「…っ!!ごほ…!!…けほ…っ!!…かはっ!!」


 気管に入った。

 無様に、むせ返る羽目になってしまった。
 毛玉を吐く猫や犬のような、嗄れた通常ではひねり出すことも出来ないようなそんな声で咽せる。


 こんのやろ!!
 思いっきり唇の端っこまげやがって!!
 こんな時だけ、表情出しやがって!!

 しかも、思いっきり人を小馬鹿にした顔!!!

 畜生!!んなに小気味良いか!!!人が苦しんでいるところみて!!!


 『…良い格好だな…女が引き立っているぞ…?』


 殺すぞ。


 がるる、、、っと、生理的な涙を目に浮かべ、唸りながら睨み付けるが、効果はないだろう。


 PETに唾を吐き捨てかねない自分を自制して(どんなに腸を煮えくりかえらせる野郎が中にいても、汚くなるから我慢)、おっさんに視線を戻す。


 「おっさーん、今日は、何も買わないのー?」
 「あ、ああ…。」


 あたしの台詞に、寝ぼけたように返事を返す。


 「おっさーん。今日は冷やかしぃ?」
 「…んー…そう…かな?」


 ガシガシと、その黒々とした頭を掻く。

 ほんと、今日のおっさん変なの。


 何だが、腹の中にゴムタイヤを捻り込まれたような、気持ち悪さが居座った。


 「おっさん。やっぱ変〜?最近やっぱなにかあったんじゃないの?」


 腹に居座る気味悪さを取り除きたくて、けど、それに気付かれるのは嫌だから、いつもの調子で聴くしかなかった。


 「ごめん、悪いけど…さっきと同じ答えしか返せないよ。」


 そう、おっさんは、大のオトコにあまりにも似合わしくない、儚い、、、そんな笑いを浮かべた。


 あたしは、初めて、、、オトナのオトコがそんな顔で笑うのを見た。


 「そ、そう?つ、つっまんねー!!オンナ関係でもつれて落ち込んでるみたいな真相だったりしないの?あ、それか大穴で、ナビとの関係のもつれとか?どう?当たってるぅ?」

 「…随分と俺は酷い思われようをしているんだな。」
 『半分は当たっているぞ。』
 「何処が?」
 「え!オンナ!?」


 ふうと、ため息をつくおっさんのナビ。
 おっさんとあたし、どっちの発言にため息をついたのかは本人のみ知る。


 『…仕事のことだ…。ワタシは何度も無理をするなと言っているのに…。』
 「無理するなって不可能だろう?俺の仕事柄…。」
 『貴方の無理は、普通の無理と一緒にしてはいけないということです。解ってください。』

 「…おっさん。やっぱりアンタの基準はニンゲンじゃなくて、スーパーマンの基準だろ。なんか色々と自分の人種間違ってね?」

 「…一応、自分の身体の丈夫さは自覚しているつもりだが?」


 おっさんのナビは此処まで来ると、もう口を開くことをやめた(あたしもやめる)。


 あれだ、おっさんの思考はずれてる。
 話が通じるレベルじゃないって。

 ニンゲンじゃないナビに、ニンゲン基準を呆れられてるんだから。


 なんか馬鹿らしくなって、笑った。


 「前言撤回!おっさんはやっぱ、おっさんだね!!」


 さっきの儚げな顔を浮かべた同じ顔とは思えない、おっさんの顔を見て笑う。


 「じゃ、あたしとの会話料金一億ドルね!!」
 「高い、せめて一セント。」


 ぺっと、手を出すあたしに真顔でそうきりかえした。
 一億ドルをどうひっくり返したら一セントになるんだよ。金の延べ棒を、だだの木の棒と換えてくれっていってるもんだよ。


 「けちけちけーち。キングサイズのCDにはぽんと金だすくせにー。」
 「それと此とは話が別だよ。」


 そうひらひらっと、手を振る。
 

 「何も買わないんだったらかえれよー。」
 「じゃぁ、そうさせて貰うよ。」


 えっと、言葉が間抜けに漏れる。
 いや、普通こう返されるとは思わないっしょ。不意打ちだ。


 「今日は用があってね。そのついでに寄っただけで、本当に冷やかしに来たんだよ。」
 「えー、だったら今のおっさん客じゃないー。利益になんないだろー?冷やかしはウチの店お断りだって。今度来たときはさ必ず買ってよー?じゃないと二度とレコードは売らないぜ?」
 「…それはちょっと困るな…今度はそうするから許してくれ。」


 な?と、首を傾げる。
 そのあんまりにも可愛くないおっさんが、随分とまぁ可愛いしぐさをしてくれたわけだから、その面白仕草に免じて許してやる。


 「じゃあ、今日は失礼するな。」
 『邪魔した。』

 「おう。じゃな!」
 『…非常に見苦しくて申し訳なかった。』
 「くたばれ!!」


 ばしっと、PETに読みかけの雑誌を叩き付ける(こういうときPETが案外丈夫な代物だったことを感謝する)。
 まあ、そんなことにしたってコイツにどうとなるわけではないが、気持ちの問題だ。

 あーマジで、ぶっ殺す。


 「ははっ、物騒だね。今度俺が来るときまでに彼に会えることを祈るよ。」
 「それあり得ないわ、マジで殺しておくから。」
 『…馬鹿は死ななきゃ治らない。』


 畜生。本当に口悪いな、しかも、何時もニンゲンの聞こえる限界程度にしかぼそぼそとしかしゃべらないのに、なんでこう言うときはやけに饒舌になるんだよ!!


 「この…あー。本当におっさんのナビと交換してぇ。」
 『非常に申し訳ないのですが、謹んでお断りします。』
 「わーソッコー拒否?以外と酷くね?」
 『あの…そう言う嫌味のつもりで言ったわけではないのです。あの…唯ワタシは…この方以外のナビになるつもりは全くないので…。』
 「はーいはいはい…ごめんないさいね。あたしがわるー御座いました。ほんっと、あんた忠誠心の塊だねー、今は中世の騎士が存在する時代じゃないよーっと。」


 冗談が通じねー。
 この、忠犬め。
 あー、この忠誠心の十分の一で良いからこの毒舌陰険最低ナビにインストールしてくれよ。


 「おっさん、あんまり、ナビに心配かけるなよ。こんなに良い子チャンなんだからさ。」
 「そうしたいんだけどね。」


 ふと、目を柔らかく細め、さっき叩き付けて板張りの床に落ちた雑誌をあたしに渡す。


 「じゃあね、また来させてもらうよ」
 「またな。おっさん、」


 にこりと、おっさんは笑う。
 このおっさんが笑うたびにウチのクソ親父じゃ、こんな笑い方絶対にしないだろうと、そのたびごとに思う。





 からん。からん。


 恐らくあたしの聴覚が一番聞き慣れた音を立てておっさんは出ていった。

 あたしは、薄汚いガラスからどんどん離れていくおっさんを、曲がり角で消えるまで見た。


 何時も通りに。


 けど、おっさんは、もう二度と店に来ることはなかった。