思い立つ日が吉日 ・4・



 あたしはその時、十七のまだ乳臭いガキだった。まだ、コドモとオトナの中間点の、まあ、うら若きお年頃と言うべきか。
 けど、その当時のあたしは、今のあたしからすれば、まだまだ頭すかすかのひよっこな馬鹿だった。









 「暇…。暇ぁ…。暇っ!」


 だんっと、あたしは年季が入って、つるつるとした手触りとなった木製の店のカウンターを叩いた。
 ほんの三十分ぐらい前に、出ていったクソ親父の顔が否応なく頭をよぎって、イライラしていた(自分の金人質に取られてるっつーの!!!)。

 カウンターに俯せになり鮮やかな色に彩られた、自分の爪が目にはいる(わざわざ、馬鹿みたいに高いネイルサロンにいって、やってもらったモノだ、、勿論、ペディキュアもね。いい女は見えないトコにも気を使うべき)。


 左の人差し指のそれが少し剥げていて、それが今の心境では異様に腹が立ち、人知れず、畜生と、呟く。


 はぁっと、あたしはため息を付く。
 ふと、口が寂しくなって、足下に置いてあった鞄を探る、キャンディの袋が入っていたと思ったが、ない。

 あれっと、思った一瞬後に。

 ああ、アレは昨日、ベットに寝ころびながら、ケータイを弄くりながら自分の部屋で二、三個、食べたまま、ナイトテーブルに置いたままだったと思い出す。


 どうしようかと思ったけど、思い出したら無性にキャンディが食べたくなって、また、畜生と呟き、渋々と急ぎ足で、自分の部屋へ向かおうと立ち上がる。
 その時、机に爪をぶつけて、ヤバイと思ったけど、後の祭り。流星を象ったという爪の装飾が醜く剥げた。人差し指の色が剥げているなんて可愛くなるようなことだ。
 左の中指と人差し指。その二本が被害にあった。きらきらとあたしの爪を飾っていたビーズの剥げてしまった爪は、ビーズがあった場所が虫食いに見えて、みっともない。

 またネイルサロンに行かないと行けない。

 まあ、金はあたしが払うんじゃないけどね。面倒。


 剥げていない右と比べると、なんだか左手だけ貧乏くさいものに見える。

 つーか醜い。
 此は、両手が対になっていて片一方だけだと、なんか間抜け多ものに見える。

 、、、ソッコーで落とそう、この際全部落とすか、ネイルチップ付ければいっか、、、(あたしは、自分でネイルアート出来ないことはないけど、自分でやるのは酷く手間がかかるから、面倒なの、やりたくないの。んなもん。)

 、、、あ、ヤベー、今日に限って、お気に入りの、マニキュアリストのデザインのネイルチップ(スクエアオフとラウンド。あたしはだいたいこのタイプが多いかなー?)、切らしてたんだ。あーあ、付いてない。ほんっと付いてない(しょっちゅー付け替えかえる上に、一回使ったらあたし捨てちゃうんだよねー)。

 裸の爪って、なーんか自分が、ビンボくさくなった気がするから、嫌(お笑いだけど、あたしは自分の本当の爪の方が見慣れてないの、常にあたしの爪は美しく彩られてなきゃ。なんか裸の爪って、あたし自身が、爪の手入れできないー。甘いぞおぬし!ってかんじであたしの美意識が許せないのよ。あたしはポリシーは常に絶対美しく!)


 めんどくせぇと、本当にゲロとセットになりそうな、掠れた声であたしは吐き捨て、部屋へ向かう。


 色鮮やかなキャンディの袋は、記憶通り、ナイトテーブルのちょこんと乗っていた。

 これこれと、小さな喜びがわき、一瞬だけ苛ついた心が静まる。


 無造作にキャンディの袋に手を突っ込み、半透明なポップな小さな包み紙を掴む。半透明な袋から見えるそれはオレンジ色のキャンディ。色鮮やかで、着色料たっぷりって感じ。

 ぽんっと、口の中に放り込む。同時に、人工的な甘味が口の中に広がる。がりっと、小さなそれをかみ砕きながらゴミ箱に小さな包み紙を放り込む(あたしは、キャンディをかみ砕いて食べる派、舐めるのはどうも性に合わない)。


 ふと、そう言えば、爪のこれ、とっとと処理しちゃおうと、除光液やらを捜そうとソレがまとめて入ったポーチ何処やったかなと、視界を動かすと、視界の隅にそれが映った。

 もう一ヶ月近くそのままのそれだ。
 うんとも、すんとも、言わないそれだ。


 ふと、気が向いて、それを、、、PETをとった。


 うっすらと、画面には白い埃の膜が張っていた(なんで、いくら綺麗にしてる部屋でもちょっと、放っておくだけで何でも埃が付くんだろ)。

 袖で画面を拭い、ブラックアウトとしていた画面を通常画面に戻す。


 一瞬ぴゅんっと、画面の光が揺らぎ、そいつが現れた。

 一ヶ月ぐらい振りに見たもんだから、ああこんなヤツだったなっと、理解が遅れてしまった。


 其奴は、ん?と、あたしがスイッチを入れたことに気が付いたらしい。ウィンドウに背を向けなにやらしていたが、首を僅かにこちらに傾げ、目を合わせる。
 そして、なんだお前かと、何事もなかったように何かの作業に戻る。


 、、、おい、なんだよ。なんだよそのリアクション。
 一ヶ月近く放って置かれて、クレームとか何も無し?ていうか、無視?

 わー、マジつまんねー。

 まだ、よくも放って置いたなこんにゃろー。とか言ってくれた方が良かったよ。

 無反応が一番もりあがんねーだろ?
 遊ぶときとかこういうヤツが、一人居るだけでも、しらーってものすげーテンションが下がるんだけど。

 うがーっと、馬鹿みたいに怒ったら此は此でおもろいもんがあるのにさ。


 「アンタ何様?」
 『…………。』


 振り返りもしない。


 何も聞こえてませんよー。なんか自分の後ろで、小賢しい羽虫がブンブン言ってますよみたいな感じ。


 ゼッテーに、そう思ってる、てか、向けられた背中がそう言ってる。
 腹立つ。

 マジ、何様のつもり?

 あれか、あたしは会話するどころか視界に入れる価値すらないって、ところ?


 ヤバイ、スッゲー腹立った。今すぐ殺してやりてーぐらい。

 何?こいつ人を怒らせる天才だな。

 うわ、初めて知ったこいつのことが、此?嫌な面から知っていくとこのまま嫌な面しかみえなくなりそーだ。


 みしみしと、人知れず不気味な音を立てるPETを、性格にはその中でふてぶてしい態度を見せる其奴を睨んだ。


 、、、なんかなかったかな?簡単に手軽に、人間が電脳に干渉できる便利なのって。
 買おうかな?

 なんか、派手に相手をぶっ飛ばせるぐらいのもの凄い威力のヤツ。
 ナビを殺ったって、一応犯罪にはならないわよねぇ?別に他人様に迷惑かける訳じゃないし、、、殺るなら、、、今かな、、、。



 からんっ。からんっつ。


 「あ!やべ!客来た!」


 一分ぐらいのホンキ殺意思考で睨み合いをしていると(あたしの一方的な)、店のベルが鳴った。

 店開けっ放しなこと忘れてた。


 思わず、PETを掴んだままで。









 「あー、マジすいません。いらっしゃいませー。」


 そのお客は、おっさんだった。

 黒髪黒目のおっさん。愛用のコートなのか使い込んだ感があるコートを纏った、三十歳ぐらいの無精髭。
 まあ、格好いい顔してるんじゃないだろうか。キャーッて黄色い声をかけられそうなアイドル系って顔じゃないけど、オトナのオトコって感じ?

 んなことより、客が来るとは驚きだ。
 クソ親父の関連の怪しさ純度百パーの連中が主な客だから。



 でも、面倒くさいことには変わりない、客来んなよー。迷惑。
 冷やかし?だったら、すぐ帰って。
 今から、爪の手入れしたいんですけど?


 心の中で毒づきながらカウンターに戻る。


 男は、商品という名のがらくたが所狭しと並んだせまっくるしい店内を眺めていた。
 何みてんの?
 何も良いものないでしょうに。

 やっぱ暇つぶしの、冷やかしか、、、。


 あっと、とっさにPETを掴んだままだったことを思い出す。


 中のこいつは、なんだ、なんだ?と、少し意外そうな顔をしていた。


 ちょっと驚いた。
 無表情のこいつしか見たこと無かったから。と言うより、こいつ表情プログラム在ったんだ、、、。

 てっきり、鉄仮面なのが普通かと思ってたから。

 それほどのこの一ヶ月、こいつと顔を合わせてなかったという何よりの結果だと言うことだ。


 そして、はっしたように、こいつは後ろを向く。
 なんだよ、、、その反応、、、。


 あたしは、半ば呆れて、まんま赤の他人のナビから暇つぶしに客の方に意識を向ける。


 客は、何か気に入ったものがあったらしい。
 クソ親父曰く年代物の商品が入っている棚。
 あたしからすれば、古くさい代物の棚、アンティークなんて上品な物ではない。

 埃被って今の時代にとっくの昔に置いていかれたオンボロ共だ。


 、、、何が良いんだろ?


 よく見るとおっさんの長めの黒髪に見え隠れした顔が嬉しげな表情をしていた。

 何か、目的のものを見つけたらしい。
 あの年頃のおっさんが喜びそーなもんってなんだろ?っと、うら若き乙女には見当も付かない物を一瞬マジで考えた。


 すっと、コートのから何かを取り出した。


 見慣れない形をした黒い何か。


 何だろうと思わず目を凝らす。
 ゲーム機か?と思ったけど、違うようだ。ゲームをするような手の動きじゃないし(よくゲームしてる奴の手見てみると動きにとても特徴がある。ケータイも同じようにメールしてるんだかゲームしてるんだか意外と見分けが付く)。

 何か確認を取っているらしい誰かと話している様子で、、、それに、なんかもう一つ声が聞こえる。


 、、、あれ、もしかして、、、PET?んでもって、おっさんが今話してんの自分のナビ?


 時々、オフィス街とかを歩くと、いかにも働いてますみたいなオトナが自分のPETを覗き込み、何かの確認とかを取るときの仕草によく似ていたし、間違いないだろう。


 にしても、変わった形のPETだな、、、。


 あたしはその、端が丸い長方形の見慣れない(恐らく)PET思わず目がいってしまう。

 オーダーメイドか?
 自分でデザインした代物をオーダーメイドで作ってもらうのは別に珍しくないけど(あたしも、自分でデザインした服を作ってもらったことある)、PETみたいなものでは、結構珍しいと思う。

 にしても小さなPETだこと。特注したとしても高く付くだろうなー。


 あたしのあまりにも遠慮無い視線に気付いたらしく、なんだい?と言った様子で小首を傾げこっちに顔を向ける。


 「あ、すいませーん。おっさんが持ってるPETが珍しくて。」
 「ああ、そうか。俺のは珍しい型だからね。」


 慇懃無礼なあたしの態度にも台詞に、笑顔で応答するおっさん。


 「特注品ですかー?」
 「…っん。…まぁ…。そんなもんかな…。」


 おっさんは、ソレには酷く曖昧に返す。
 なんか、事情アリ?

 まあ、オトナには色々あるんでしょ。


 「おっさん、金持ち?あ、もしかして実は、すっげーお偉いさんとか?」
 「さあ?どうかな?」


 その言葉に苦笑するおっさん。


 曖昧な返事は、どうとでもとれるからややこしい。
 あたしの最も嫌いな返答の一つだ。


 「にしても、珍しいね。君みたいな若い子がナビ持ってるの。俺初めて見たよ。」
 「ぁい?あ、あー。」


 おっさんが、指したのはカウンターに、置いておいたPET。
 こいつのことね。

 一瞬分かんなかった。
 自分のナビ、って全く自覚してないしね。


 「いやー。親父に押しつけられたんでー。あたしんじゃないんですよー。」


 けらけらと、笑いながら答える。
 預かってろって言われただけだもん。

 PETの中のこいつは、あたしの顔を相変わらずの無表情で見ていた。


 何、、、気持ち悪んですけど、、、なんか言いたいことがあるならいえよ。


 あたしは、こいつの黙りが一番嫌いなのかも知れない。


 「失礼、君のナビかと思ってね。」
 

 おっさんは、申し訳なそうに意志の強そうな太い眉を顰める。


 「まあ、良いけど。あー、そーいえばおっさん、もしかしてナビ持ってたりするー?」
 「ああ。」
 「やっぱ?さっき声がしたからさ。」


 ちょっと、自分の予感が当たると気持ちいいねー。


 「仕事用ー?」
 「それもだけど、ちょっと違うかな。」


 おっさんは、さっきのように苦笑いを見せる。
 だが、なにかを誤魔化されているような気するのは、あたしの気のせいだろうか?


 「ちょっと、ナビ見せて貰ってもいーすか?」


 軽い好奇心と共に、おっさんに、そう言葉と手を伸ばしたが(勿論、右手)、おっさんは何故か躊躇いを見せた。
 普通に見せて貰えるもんかと思ったから。この反応がちょっと意外だった。

 だか、見られないと見たくなるのが人間の性というもので、、、。


 「あ、勝手に変なトコ弄りませんって。ナビをチラって見せてくれればいいですよ。」


 えろっちぃ女性型ナビなら解るけど(たまにいるんだよね、自分好みの異性の容姿にするヤツ。あたしの知り合いの金持ちの女に、その女の好きなアイドルの顔をナビに貼り付けてる奴が居た。)、さっきの声からして明らかに男性型のナビだった。
 なにを躊躇う必要があるのやら。


 「いいじゃ『恥を知れ、この愚か者。』


 は?


 突然の暴言に、あたしはあたしは阿呆みたいに目を丸くした。


 誰?誰?


 思わず、きょろきょろと辺りを見回す。
 おっさんのほうも、驚いた顔を見せた。


 聞き覚えがある声。


 何処で聴いたことがあるんだろう?(あたしは、自慢じゃないけど、一回見たり聞いたりしたことはあんまり忘れない。)

 だからこそ、思い出せないことが珍しい方だから、マジで解らなくて十秒ぐらい固まった。


 「もしかして、彼?」


 おっさんに、指されて漸く解った。


 この、PETのなかで相変わらずの無表情のナビだった。