思い立つ日が吉日 ・3・



 郊外というには少し遠すぎて、意外と街に近いという、便利なんだが、不吉なんだかよく解らない場所に墓場はある。


 墓という場所は大抵の人間は怖いという、だが、あたしは意外と好きだ。

 まあ、最近の人間は墓なんぞ滅多に手入れしないから、鳥の糞やら、腐った花やら、雨ざらしの汚泥やらで、やたらきったない墓が目立つが、此処はそれなりの人間に葬られているせいか、管理者が居るのだろう小綺麗にされている。


 まあ、そんなことより、あたしはその静かな雰囲気が好きなのだ。


 勿論、車の音やら人間のざわめきが聞こえないわけではない。だけど、墓場と言う場所は、酷く非科学的な言い方だが、其処に入ると外とは膜を張られたように静かになる。もっと簡単に言えば、音が遠くなるとでも言うべきだろうか。

 まるで、別世界のような死んだ人間が敷き詰められた場所。
 ひょっとしたら、安っぽいホラー映画のように本当にあの世とやらに近いのかも知れない。


 あたしは、幽霊はいると信じている派だが(何の気まぐれか、バイトがオカルト話を持ちかけてきたとき、そう答えたら、酷くぶったまげた顔してたから、その空っぽの頭を叩いたがあったような、、、)、怖くはない。


 怖いのは実体を持っている生きた人間に決まっているのだ。
 あたしからすれば、生きて実体があって実際触れるほうがずっと怖いし、恐ろしい



 堅めの芝生を踏みながら、目的の墓を捜す。

 しかし、墓場というのはとても広い上に、似たり寄ったりな墓が多い。結構骨が折れるな、、、まあ、時間が押しているわけではないからいい、気長に捜せばいい、名前と、、、死んだ年後を見ていけばいい。


 なんだ?
 何言ってるんだ?
 確かにあたしは、墓場を知っているとはいったが、その墓が其処の何処にあると知っているとは一言と事も言っていない。


 毒舌ナビにしてやったりと笑うと、珍しく万年無表情を、僅かに崩しPETの画面をブラックアウトさせた。
 ささやかな、嫌がらせのつもりだろうが、そんなものがあたしにきかないことぐらい解ってるだろうに。


 広い墓場を歩きながら、中途半端な薄曇りの空を見比べる(そう言えば、ドラマとか映画とかでは、墓参りのシーンって、晴天か土砂降りって言うのが相場だよな、あー。ムードなにもないな)。


 なかなか見つからない。
 やれやれ、まったく、、、。

 本当に見つからなかったら、毒舌君に此処のシステムに侵入して貰えばいい。


 平日のせいか、少ないが、捜している最中。何人かとすれ違う。
 滑稽なことに、そのすれ違った何人か全てが、それなりの人間が葬られている此処に実に似つかわしいほど、品の良さがにじみ出る人間だった。

 着ている服など、一般庶民が冠婚葬祭の時にしか着ないような高級品の何倍もするような、服を普段着として纏っていた(どう見たって、カシミアとかの高級布を使った服、躯にあった形からしてオーダーメイドだろう)。

 その中で、漆黒のライディングウェアを纏うあたし(因みにこのライディングウェアも、オーダーメイドで、けっこう高い代物なんだがね)は、すれ違う人間の大半に隠そうともしない怪訝な眼差しで見られた。
 品の良い人間が、心根まで品の良いわけではないのだ。


 そのうち、同じ方向から流れてくる喪服の集団をが目にはいるようになった。

 その雰囲気からして葬式終わりのようだった。


 ふと、目的の人物は最近死んだのだ。という前提が抜けていたことを忘れていたことを、間抜けなことに思い出す。

 どうやら、新しい墓があるのはあちららしい。

 ぶんぶんと、花束が崩れることなどお構いなしで振り回しながら、さっきのすれ違った人間達の百倍ぐらい怪訝な眼差しを葬式帰りの上流階級から受ける。


 知ったことか。
 あんなお偉方はあたしのことなんて後三分たったらすっぽり忘れてるさ。


 その上流階級の人間が来たの源は、真新しい墓だった。
 土もまだ掘り返した感が満載だ。

 その墓に、縋り付くように泣いていた、まだ若い夫婦だろう二人が居た。


 女の方は、平素なら、その辺の男がよだれを垂らしそうな綺麗な顔(あたしには劣る)を、涙と鼻水で汚していて、見も振りもなく訳の分からない言葉を漏らしていた。
 それを支える男の方は、その鍛えられた躯からして軍人だろうか?


 あたしは、その真新しい墓を一瞥する。

 彫られた年号の短さを見てこの夫婦のガキでもが死んだんだろうなぁっと思った。


 そして、この辺りが新しい墓なのだと相変わらず、花束を振り回しながら捜す。


 ん?漸く出てきたな。
 お前も一緒に、墓参りするのか、科学の申し子のナビがまた随分と不似合いなことを、、、。


 、、、ナビと言えば、、、あの人のナビはどこにいったんだろうな?


 普通は、オペレーターが、死んだりすると、そのナビは遺言とかでまた新しいオペレーターに引き継がれたりするか、あの人に身内はいなかったはずだし、、、。
 第一、あのナビは軍事用ナビでそう簡単には他の一般人に渡されるはずもないから、彼と同位の軍人に事務的に引き継がれた可能性が一番高いが、、、。


 あの人が死んですぐ、この性格壊滅ナビに頼んで、軍のデータベースを調べて貰ったが、、、(ハッキング?なんのこと?)。


 あのナビは消えていた。


 あの人が死んだ後から、ぶっつりと、いっそのこと綺麗さっぱり、形跡なんて欠片も残していなかった。
 普通インターネットを移動すればその経歴が残るものだが、それすらない。


 軍は死にものぐるいで捜しているようだったが、見つかっていなかった。

 消えた理由はだいたい見当が付く。
 あの、忠誠心の塊みたいだった彼だ、引継にしろ何にしろあの人以外のナビになるなんて絶対にゴメンだったのだろう。


 見つかることはないんじゃないかとあたしは睨んでいる。


 、、、だが、、、どうするんだろうか?
 ナビという、、、電脳生命体は、、、ある意味、不老不死。
 バトルとか、無茶しなければ、、、未来永劫生き続けることは不可能じゃない。


 あのナビは、、、死なない躯と、あの人への忠誠心を引きずって、、、どうするんだろうか?


 おい、お前もナビだろう?
 少しでも解らないか?



 、、、そうだな、あたしは死んでもいないし、お前は、あたしにそんな忠誠心の欠片も無いしな。

 同じナビでも解るわけないよな。

 聴いたあたしが馬鹿だった。


 一つ一つ墓を探るという、首が痛くなる作業を続けているうちに、あの夫婦は消えていた。

 というか、人気が全くなくなっていた。


 ひゅーと、人を小馬鹿にしたような風が、メットを取ったあたしのもち肌を撫でる。
 これで、もっと雨雲が立ち込めて薄暗い天気だったら、あたしの美貌で結構絵になると思う。

 なに?
 あたしの場合、道徳的美しさが失われた代わりの補う無駄な顔だと?

 ふ、何言ってるんだ。


 人間顔が良ければ全てよし。
 もし、カミサマが世界一優しい心をあたしの顔と引き替えと言ったら、そっこーで拒否るね。


 最低発言?
 事実そうだろ?よく、外見より中身だというオンナ、オトコがいるが、、、結局は顔で選んでるだろうが。

 所詮は顔なんだよ、顔。


 じゃなかったら、整形という美しさを平等に得る技術は進歩しない(あたしは美容整形を差別する奴がいるが、よくわからん。美しさを得ることの何が悪いのだ?顔を作るなどと言うが、化粧も似たようなものだろうに)。


 そういうこいつの顔も、意外と綺麗な顔だ(格好いいって面ではないな、中性的ってヤツだ、癪だから此はいわんが)、ま、ナビは外見なんてその気になれば、人間より簡単に変えられる(外見の構成するプログラムをちょろっと弄くるだけらしい、ドレスアップチップの応用みたいなものらしいが)。


 まあ、あたしのこの絶世なる美しさにはどんな顔だろうが劣るがな。
 それにプロポーションもカミサマに愛でられた、完璧なバランスだろ?(出るところは出てるし、引っ込むところは引っ込んでるし、あの、クソガキバイトの、上から下まで寸胴なドラム缶とは大違い。)


 、、、アクマに愛でられたの間違いだと?


 あー、そうかもなー。
 サキュバスっていう、、、悪魔居たしなぁ、、、。

 あたしは、魔性の女だからな。


 、、、どうした?
 本当に幸せな頭だと?

 もう、好きに言え。


 、、、たく、何でお前みたいなヤツと人生の半分以上を過ごしてこれたんだろうな。

 そりが合わなくて、ナビを変更するオペレーターなんて珍しくないのにな。


 お互いの、第一印象とか、凄まじく最悪だったしな。


 というか、二十年前って、 漸く人格プログラムを搭載したナビが出てきた頃でだったなぁ、、、。


 あのクソ親父が、バースデーでもホリデーでもない、十七歳のある日突然、まだケータイの方が主流だった頃に、まだまだ普及し始めのPETと共によこしたのがこいつだった。

 驚いたね、まだ、テレビで新世代の、、、と騒いでいた頃にだったから、まだまだ他人事のようにしか、考えてなかったそれが突然渡されたのだから。


 今でも覚えてる。
 あのクソ親父が、学校から帰って、オレンジジュースを飲みクッキーを囓りながら、ケータイを弄っていたいたとき、投げてよこした。










 最初は、オモチャかと思った。

 アホか、ムスメの歳忘れてるんじゃないかと、それを投げ返そうとしたとき、しゃべった。
 こいつの声を聴いたのはそれが初めてだった。それはもう、聞き取れたのが奇跡なぐらい小さな声だったが、気にせず投げた(しゃべるオモチャは珍しくないし)。

 あのクソ親父はニヤニヤと、それを受け止め、よく見ろと、今度は目の前に突きつけた。モニター画面を突きつけられ、それが初めての顔合わせとでも言うのだろうか?
 まあ、取り合えず其奴の顔を初めて見た瞬間だった。


 ゲームのキャラみたいだなと思った。


 その時代、PETよりケータイ、パソコン主流というか、学生のあたしらには、これらで事足りた。

 PETなんて、ナビなんて、まだ働くオトナのサポート的なものでしかなくて、、、学生には必要なかった(今みたいに、人格搭載ナビが働くオトナ関係なく、普及したのはこれからもう少し立ってから)。

 売れば金にはなるかと企んだが。


 だが、、、。


 売り飛ばすんじゃねえぞ、お前が暫く預かってろ。売り飛ばしでもしたら、お前の口座また凍結させてやる。


 そうクソ親父は、やけに鋭い犬歯をむき出しにして笑った。
 その歯、ペンチに引き抜いてやろうと思ったことが何回あったか、、、(何で、あたしの口座全部知ってたんだろ?新しく造っても解ってたみたいだし、、、ん?どうやって保護者に内緒で造ったかって?それは秘密、、、。)。 


 そして、今日はお前が店番しろと出ていった(その当時、まだ店はクソ親父のものだった)。


 たく、店主が店番するのが常識だろうが。
 それを、他人に押しつけるなんて、下郎な無責任な野郎がやるもんだ。


 あたしは、憎々しくクソ親父の背中に罵詈雑言を吐き捨て、そのまま、そのPETを鞄に放り込んだ。


 で、あたしはそれを鞄に放り込んだまま、それを、約一週間そのまま、というか、入れっぱなしのまま忘れてた。


 気が付いたのは、ケータイを捜して鞄をひっくり返したからだ。
 ケータイを捜さなかったら、後もう一週間どころか、数ヶ月ほっとかれたかも知れない(その当時の、あたしの鞄は勉強道具なんて全部の自分のロッカーに置いていたから、財布と化粧品ぐらいで、そんなに整理する必要なかったから)。


 あたしは悪くない。
 その間、何にも騒がなかったこの異常性無口ナビが悪い。


 こいつときたら、一週間鞄の放り込まれていたくせに一言も言葉らしい言葉を発さなかったのだ(だせとか助けを求める以前に、うんともすんとも。音声プログラム付いてること忘れたんじゃないだろか)。


 、、、まだ、オペレーターがPETと端末を直接繋がなきゃ、完全にインターネットと孤立したPETで(それ比べて、今は、ぴっ通せば、びぃっっで、あっと言う間にプラグイン、ホント便利)、こいつはなにてたと思う?


 後で聴いて驚いた。
 物好きにも程がある。


 PET内のソフトのデータを、読書代わりに眺めていた。


 らしい、本人(ナビ?)談。


 通常のように、ナビが人間では読む取ることも出来ない程のスピードでデータを演算するのではなく、人間のように、一字一句目でなぞり、本当に読書してらしい(因みにこいつは読書が趣味、気が付くと何時も小説をダウンロードしてきて読んでるし)。


 、、、二十年前の超初期型のPETでも、人間のスピードでその内蔵データを全部読もうとは、、、何十年かかるのやら見当もつかない。

 退屈とは無縁でいられたそうだが、、、。

 いやいや、退屈しのぎ以前につまんないだろ?普通。

 あたしだったら、ぶちぎれてるね。


 で、その後、また鞄に放置プレイするのはやめた。

 また忘れたら今度は見つけるどころかそのまま捨てる可能性もあったから(あたしの化粧品も鞄も、その当時から、ほぼ全部と言っていいほどもらいもんで、鞄ごと捨てても新しいものはすぐに手に入る環境だったから、鞄が傷ついたりしたらあたし、財布とケータイだけは絶対取って、後は気に入ったヤツだけチョイスして、後はそのままゴミ箱にポンって状況だったから、、、危なかった)、そんな事したらあたしの口座のピンチ。


 後何より、PETが、悲惨な状況になってなっていたからだ。


 一番奥になっていたせいか、僅かに漏れた、マスカラがルージュが菓子クズべったり、子供が放って置いたオモチャそのものになっていたからだ(後なんか、ファンデーションとかのラメも付いていて何処か不気味に光っていた)。


 汚くて触りたくなかった、、、。

 あんな汚いPET、二度とみたくない。



 で、家に置きっぱなし作戦に切り替えた。



 それがある意味よかったのかも知れない。