思い立つ日が吉日 ・1・
あたしは、あたしの店(店として分類するなら、あれだ、、、よろず屋)のカウンターで本を読んでいた。つっても、ページをめくって文字を眺めているだけという、到底、読書という高尚なものではない。
唯でさえ、雑多に色々ある、店の棚に、一体何年前から突っ込まれたままか解らない代物だ(しかも、このペーパーバックは何故かCDがある棚に入っていやがった)。
暇つぶしに、棚から引き抜いただけだ。突っ込まれた当時から一回も誰にも手に取られることも無かったのだろう、その超廉価なペーパーバックは、背表紙こそ日焼けしているが、表紙も中身も新品同然、真っ白だ。
かわいそーになーと、思いながらあたしは、それを、何度もぱらぱらと、めくることを繰り返すだけだ。
読書なんて、あたしは興味ないから。
一方私のナビは、PET内で電子ペーパーになにやら意味の分からない、小説を読んでいた。
こっちは真面目に高尚な読書のようだ。
あたしは、別にこいつにつられて本に手を出した訳じゃない。あたしの店のバイトが来るまで、待っているだけ、ようは暇つぶしなのだ。店番を任せるために、別にアタシはこのまま店を開けていても良かったんだが、あたしのナビが。
店を開けるとは店主として、あるまじき。
と、いったので、バイトが来るまで一応の店番。誰もきやしないっつーの(来ても、防犯システムでぎったんぎったんだよ、って、やべこれ、死語。)。
いっそ、店休もうかと思ったが、此も、あたしのナビが、理由なしで店しめる事なかれ。っと、まあ、お堅い言い分で、引き留められた。
まあ、いっかと、バイト待ち。
バイト一人に店を任せたら、これもこれでどうかと思うかも知れないが。あのクソガキに店の金をくすねようなんて、度胸はない(数回試したら、解った)。
最近ではあのクソガキに色々押しつけてあたしは結構楽してるが、あっちは大変そうだ。が、知った凝っちゃ無い。若いウチは苦労は買ってでもしろ。
あー、あたしって優しいその苦労をわざわざあげてるんだから。
よし、此も世間の厳しさを教えてやるためだ。
あのクソガキ。一秒でも過ぎたら今日の給金半分にしてやろう。
と、あたしが密かに、あのクソガキの給料を下げてやろうと企んでいたら、ナビはそれに気が付いたのか、若者を年輩者が虐げるのは非常に品がないと言う。
このヤロ。口減らねなー。
バカヤロー。あのクソオヤジより優しいだろうが、あのクソオヤジはアタシが店番ほっぽり出したら、小遣いぬきなんて生やさしい程度じゃなくてアタシの口座まで凍結しやがったんだぞ。それに比べれば、聖母様並に優しいだろうが。
は?それは親子間だから?
アホ抜かせ、親子だろうが、他人だろうが、関係ないね。所詮、血のつながりなんざ、関係を造る一つのきっかけ、オトーサンとムスメってつーな。ダチになるきっかけがクラスメイトだっつーのとかわりゃしない。
血は水よりも濃い?しつこいな、いつまでご託述べる気だ。
そりゃそうだろ、無色、無臭、無味の液体より、血漿、赤血球、白血球、血小板、から成るような液体の方が濃いわ。
そこまで、まくし立てるとナビは理屈っぽいと、呆れるようにいいやがった、、、。
理屈っぽいだ?事実だろ。主成分の血漿なんて、水分だけじゃなくて、アルブミン、グロブリン、フィブリノーゲンとかの蛋白質、無機塩類、炭水化物、窒素化合物、脂質とかだぞ。
あ、このアホ、目逸らすな。
その無駄な知能もう少し品性に回せ?不可能なこと言うな。
品性なんて不自由さの代名詞、この自由奔放なあたしには似合わない言葉を。
んなんだって?
自由奔放と、下品さを同意語にするなって、どーいう意味だコラ。
PETを掴んで、ウラで仕入れた(威勢ばっかりあってやけに口が悪い、ニホンのナビから買った)ちっとばかし、妖しげなソフト及びバグをインストールしようとすると、素早く、自身を守るため、色々と防御プログラムを作動させやがった(こいつが、滅多にフォログラムとして外に出ない理由はあたしが、隙あらば攻撃しようとするのが解っているからだ。フォログラムとして外に出ているときは、こうゆうことができないから、意識みたいなものはこっちに来ても、根幹的なものはPETに置きっぱなしみたいなものだからだ。)。
あたしとこいつの間に、一触即発の空気が漂い始めたその時。
からん。からん。
「ギリギリセーフ!!!」
店のベルをかき鳴らして入ってきたのは、お、きやがった、バイト。
走ってきたのだろう、はぁはぁと、荒い息を付いていた。
汗で化粧が流れてないか、心配になったのかポケットに突っ込んだままだったのだろう、コンパクトで(割れるぞ、せめてバックにしまえ)、自分の顔を確認して安心したよう息を付く。
たく、化粧なんてするな、お前。
このバイトは、今年大学に入学したばかりというガキンチョ。
悪ガキではないのだが、自分一人で、もう立派に一人前になってると、もう何でも出来る出来てる、自分のことを解ってる、勘違いしている節があるクソガキだ(後云十年していえ)。
あたしがそう思ってるその理由は複数あるが、、、。
その前に、このクソガキ、、、。自分の顔の価値ぐらい把握しとけ、お前肌綺麗だし、眼も充分大きい、唇になんてまだ潤いがあるだろうが、ファンデもマスカラもルージュも無駄だ。化粧下手だ、ケバクなってかえって汚い。
流行雑誌でも片手に見ながらやったのか?ファンデは塗りすぎ、口紅はお前には濃すぎる色、マスカラはなんだそりゃ一歩間違えればパンダさんだぞ。
最近の一部のガキ共は、モデルとテメエの顔一緒くたにしやがる。
自分の顔にあったメイクがあるだろうが、、、。雑誌の特集そのまま真似ればいいってもんじゃない、それが本当に自分お顔にあうかどうか考えてから選べ。
こいつの場合はこんな濃いやつじゃなくて、ナチュラル系のメイクが良い。それかいっそのことすっぴんの方がまだ、上玉に見えるのに、、、。
んなこと思っても言わないのが、あたし。
人様にものを教えるなんざ、あたしの主義に反するね、自分で気付かない方が悪い。
自分の価値は自分で見つけて磨くべし。
あたしは、さっき心に決めた一秒でも遅刻したら今日の分の給料半分を実行しようとPETの時間を見る、ちっ、本当にギリギリで間にあってやがる、、、。
「残念。」
「はひ?なにがですか?」
「今日遅刻したらなー。給料の分の給料半分にしてやろうとしていたに…。ちっ…。何でギリギリで来るんだ。」
「やっぱり、遅刻しなくて良かったって…ぉああ!!!オバ…いやいや!店長!残念ってこういう意味ですか!!しかも、舌打ちまでして!そんになに私に遅刻して欲しかったんですか!」
「ああ、その通り。」
店長のサドー!!っと、付け加えるように言う、誰がサドだ。後、今あたしのことオバンって言おうとしたな。
「後、今、オバンとか、言おうとしたな。お前。」
「イエ、全然ソノヨウナコト、全クアリマセン…。」
バレバレだ。ドアホウ。
たく、本当に馬鹿素直な奴だ。
これは、悪いところでもあり、良いところでもあるのだが、、、。
「やっぱり、給料下げてやる。」
「きゃー!!お許し下さい!!店長様!女神様!!」
仕送りと、バイト生活でなんと生活している一人暮らしにはきついだろうな。
『…て、店長様!…あの…それは勘弁してはくれませんか?…その…。』
「あーもー!!あんたはいいから!!!」
しゅんと、フォログラムでクソガキのPETから、現れたのはなんともこいつには不釣り合いと言っても良いほどゴツイ(全身がっちり装甲という、軍事ナビにも負けず劣らずなのような装いのやつだ。あたしのナビも鎧を纏ったような外見だが此処までごつくない)、けれどこいつのナビだ。
何かフォローしようとしたようだが、余計だというように怒鳴る。
なにも、怒鳴らなくても良いだろうが。
当たるな、この馬鹿。
一応お前のために、フォローしてやろうとしてるんだぞ。
『す…すみません…。』
「もう!お節介なんだからぁ!!」
ふんっと、実にガキくさい仕草で、つーんと、顔をナビのが居るほうとは反対へ逸らす。
歳いくつだ。
「はぁ…もう、いいからわ。昨日言ってたあれ、お願い。」
『…はい…。いって参ります…。』
フォログラムに、虫でも追い払うかのような仕草で手を振る。鬱陶しいといわんばかりだ。
無意識って残酷だねぇ。
はは、今こいつのナビ、人間だったら泣きそうな面したな(そっぽ向いてるからやってる本人には見えないだろうけど〜)。
見てるこっちは、ちょっと面白い。
あん、五月蝿いなぁ、他人の不幸を笑うなってか?
バッカだね〜。他人の不幸は蜜の味って常識だろ?人間、自分は出来るだけ他者の上にいたいという欲望が生まれながらあるのだから、自然にこういう奴(人間限定とは限らない)を見ると優越感に浸れるのが人間だ。
ん?性格悪いだぁ?
お互い様だろうが、この毒舌ナビ。
つーか、お前もう少し声出して話せ、あたしがぶつぶつ一人で呟いて見えるだろ。馬鹿に見えるわ。
何、元から馬鹿だから良いだろうって?
やっぱし、このヤロ、ブッ込むぞ、この妖しげなバグ&ソフト。
「あの…店長。今日も、どうしてこんな早い時間に呼び出したんですか?」
どうせろくにお客さん来なくて暇なのに、、、と、小さな声で付け足すように言う。
けっ、クソガキが。
聞こえないように言ったつもりか?バリバリ聞こえてんぞ。
後、今日もってなんだ、今日もって、んなにあたしはしょっちゅう、お前をバイト通常開始時刻より早く呼びだしてるか?
今月に入ってまだ七回目だぞ?
「悪かったな、客もろくに来ない暇な店で。」
「はひ…っ!?き、き、き、聞こえてましたんですかぁ!?」
「ああ。この二つの耳でばっちり。」
「す、す、す、すません!!!!」
ぶおんっと、音がするぐらい激しく頭を下げる(リアクションがオーバーな奴だ)。
おっと、こいつに構っている暇はない。
「さってと…。あーあれだ…。店で扱う品物の取引に言ってくる。」
「えぇえ!?うっそだぁ!!!」
「ああんっ?!」
「…すいましぇん…。」
こいつ、、、一応勤め先の店長様にたいして何だぁ?この態度。
そんなんじゃ、本当に社会に出てきたとき生きていけんぞ。
心優しきあたしだからこそ、此処まで許してやってんだぞ?
、、、ん、、、この馬鹿ナビぃ、、、今何つった?
前科があるあら、信用されてないんだ、まっとうな上司じゃないから信じられてもない、、、だと、何いってんだ?あたしがなにしたってんだよ。
、、、なに、たくさんある?言って見ろ、、、ふん、、、ほぉ、、、へぇ、、、知らん、んなこと。
てゆーか、そんなことあったっけ?記憶の片隅すら存在しておらん。
ふ〜ん、、、自分の都合の悪いことは、記憶してない都合の良い、おめでたい女だって?
あと、ふてぶてしいほど神経の図太い?
あーそ、、、お褒めの言葉ありがとう。
「店長?ナビと何話してるんですか?」
「んー、ちょっとな。」
因みに、このバイトは、一見すればあたしが一方的にPETにしゃべっているようにしか見えないこの光景を、理解している。
バイトを始めたの頃、あたしを妙な目で見てきたが、きっちりかっきり説明してやったら、あっさり納得したのだ。
この辺の物わかりの良さは賞賛すべき点だ、よろしい。
因みに、こいつ以前に、今までバイトとして雇っていた奴は何人か居た。
もう名前、顔も覚えてない連中はそう説明しても、まだそんな眼で見てきたのでクビにしてやったのだ。
ある意味あたしは、あたしと、この異常性無口ナビとの関係を異常視しないことをバイトの条件としている。
だってそうだろう?んな目で、バイトのほんの少しの時間とはいえ見られてみろ、肩が凝るわ。
さぁてと、そろそろ出かけるか、、、おっと、その前に、、、。
あたしは、店の後ろ側にあるレコードの棚に向かう。
この雑多な店の中、唯一きちんと並べられている棚。
理由は簡単、あたしが毎日整理しているから。
こんな中古品、もう、聴く連中なんてたかが知れてると笑う奴が居るだろう、あたしもそう思う。
このデジタル時代のご時世、こんなアナログでもう前時代の遺品、置いてる店だって少ないだろう(実物を見たことがない人間すら居るんだから)。置いてたって、スペースの無駄かも知れない。
でも、こんな化石を買う人間をアタシは知っている、二十年前からたった一人だが、、、。
だが、もうその人間も、、、もう居ない。
CDのご時世でも、僅かながら生産されているレコードもあたしは独自のルートで仕入れている。
一銭の利益にもなっていないが、良いじゃないか、あたしの店なんだから、あたしが何しようとさ。
あたしが知る限り、買う人間はその人以外無いが、、、けど此は、、、あたしの自己満足だ。
レコードの大敵である、埃が付かないように、こまめに掃除。
此は、自他共に大公認している飽きっぽいあたしが、二十年来ずっとしていることだ。
バイトはいつの間にかカウンターに入っていた、そして、わたしがレコードの棚を整理しているの見る。
このバイトは、何故あたしが此をするのか、聴かない。余計な詮索をしないところもよろしい。
暫く時間をかけて、レコード棚を手入れし終える。
よし。
「店長?」
「いってくる、店番宜しくな。」
「どちらへ?」
「さっきも言っただろう、店の仕入れ。」
あたしは、バイクの鍵をちゃらっと、見せる。
「おまえも、車の免許以外に取ればいいのに。」
「あはは…私鈍いし不器用だから…。」
車の免許すら取れたの奇跡だし、、、と、諦めたように、言う。
まあ、強制はしないが(こいつの不器用さはあたしも知っている、ちょっとなんてもんじゃない、とにかく酷い、ものすっごく酷い)。
からんっつ。からんっつ。
乱雑にドアを開けると、ドアにひっついている、ベルが大きく鳴る。
「じゃあ、行ってくるな。」
やっぱ、雇うべきは使い勝手のいい奴だな。
何、やっぱり、性格人類最低レベルだって?
だったら、お前も、性格ナビ類最低レベルだぞ。