IRRATIONALITY 1   
sade operator




 俺はしかめっ面で、開発部の持つのデカイ研究室の一つである主に開発部の上層連中が使う部屋で(そう言えば聞こえが良いが、実質上は軍の機密事項や非合法な研究を扱うトコだ)機材だが、がらくただか判断に苦しむ物に腰掛け、俺を此処に呼びだした本人と向き合っていた。

 「新開発した軍事ナビのモニター?俺じゃなかった…私がですか?」
 「そうです。」

 そう物腰柔らかに、呼び出し人の、一応俺の上官である開発部のお偉いさんは、一見したら温容な顔に、温かいとも冷たいともつかない、どんな感情か判断の付かない薄っ気味悪い笑顔を浮かべた。

 「それは初耳ですね。なんでそのような機密事項に当たる重要な物を私のような破戒者に?」

 感情のない笑顔を向ける上官は相変わらずその笑みを崩さない、この上官は俺を毛嫌いする軍上層部の派閥の長に当たるの奴だ。そんな奴が、何で、俺をこんなトコに呼んで、莫大な金をかけた大切な虎の子を俺に預けようとする?企み満載もいいとこだな、しかもいつもぞろぞろと引き連れてる取り巻きを何故俺の周りに並べる?

 「バレル大佐、そのように硬くならずとも別に何もしません。唯、モニターには貴方が最適だと判断したまでです。」
 「上官で貴方様にそこまで言われるとは、光栄ですね。失礼ですが、私を選んだその理由とは何でしょうか?」

 慇懃無礼になった俺の口調に、更に感情のない笑顔を深くして、細めた目で俺を見る。その目には表情と同じように感情の色など浮かばせていない。温容な顔に実にアンバランスな笑顔だ。

 「理由は簡単ですよ、貴方は本当に軍人としても個人としても優れた方です。今回開発したナビは、従来とは決定的に違う部分がありまして…それで、私のような人種の連中には『彼』の教育は向かないかと思いましてね。それで貴方のような良人にと…」
 「それはそれは、私も買い被られているものです。ああそうそう、貴方様はDr.ワイリーに随分買い被られていましたよね」

 見え透いた世辞に俺は、嫌味で返してやる。たっぷりと嫌味を込めた言葉に、何の感情も映さなかった上官の目が、一瞬昏い色に曇った。その色は昏すぎてその感情は分からなかったが、してやったりだ。

 「…無駄話はさておき、引き受けてくれますよね。バレル大佐?」

 俺のその言い方がよほど気に障ったのか、此処まで気味の悪い笑顔はないだろうといった顔で俺に問いかける。
 俺には拒否権なんてない、随分と面白い訊き方だ、実質上脅しだな。

 「ええ、上官殿の頼みなら喜んで、このバレル引き受けましょう。」

 態とらしく俺は深々と胸に手を当てて、礼をしてやる。
 俺の慇懃無礼な態度にこの上官殿がどんな面をしているかは、残念ながら伏せた顔では確認できない。

 「して、その『彼』とは?」

 俺なんかに預けるぐらいだ、何か企みの片棒を担いでいるに違いない、ろくでもない奴だろうな。
 はっきり言えば、この上官、開発部のお偉いさんをやってはいるが、元はDr..ワイリーの助手をやっていて、Dr.ワイリーがアメロッパ軍を去った後、彼の残した未発表だったプログラムだの、開発品などを自分が作ったと偽って此処までのポストに就いた奴だ、自分の力で何の功も成したことのない奴が、大した物なんて作れるわけがない、縦しんば作ったとしても、どうせDr.ワイリーの臑齧りしたのものだろう。

 「ああ…『カーネル』!もう姿を見せても構いませんよ。」

 前もって打ち合わせか何かしていたのだろう、上官の言葉に素早く反応し、俺の正面がよく見える角度のモニターが突然ついた。

 『はい。』
 「おおっ。」

 素直に俺は、モニターに写ったナビに声を漏らした。
 とてもこの上官が作ったとは考えられない。
 作った奴は本当に良いセンスをしている(過去何度か、この上官の本当の自作のもんを見たことがあるが、実用性をなんだという建前でも誤魔化せないぐらい、ガキの落書きロボットの方がマシではないかと思うようなデザインだったからな)。
 どうせ、いかにも軍事関係のお仕事やってますみたいなごつい奴かと思ったが…(まあ、装甲は結構ゴツイがな)、同性の俺から見てもなかなか精悍な顔立ちをしたナビだ。
 印象的な、黒のメットの隙間から覗く緑の眼は濃くも薄くも見える不思議な色合いだ。
 直感的に、この眼は感情といった類が感じにくいとだろう思った、何故か、その目は理屈なしでそう思わせた。

 なんだかんだで、結構俺の方もじろじろと見ているが、相手の方も俺を、しげしげと眺める。
 なんだか、本当にこいつかと確かめると言った感じだ(この上官になんか言われてたのか)。

 眼をきょとんと丸くしながら首を傾げる動作なんかは。今、不振な動きでもしようなら即座に手を下そうと、無機質に俺を眺めている奴らなんかよりずっと人間くさい。
 本当は合成映像ななんかじゃないかと、一瞬疑ったが、この上官がそんなしゃれた真似できるはずがない。
 つまり、『カーネル』は、本物のナビなのだろう。にしても、なんて人間くさいナビなのだろう、疑似人格を搭載しているナビはごろごろいるが(少数は除くとして)、それらの表情や仕草は何処かぎこちなさを感じるときがあるが、『カーネル』にいたっては全くぎこちないところがない。
 俺は、こいつを作った奴が並の奴じゃないなと考えていると。

 躊躇いがちに、『カーネル』が薄い唇を開いた。

 『初めまして…バレル大佐。これからしばらく貴方のナビと勤めさせていただくカーネルです。』
 「ああ。」

 カーネルの丁寧な挨拶に、俺は一言で返す。
 どうせこれから、しばらく行動をともにする奴だ、大して自己紹介をしなくても嫌でも俺のことを知っていくだろうから、今やっても無用なだけだ。

 「どうやら気に入ってもらえたようですね。それでは、カーネルを。」

 そう言われて一瞬差し出された手の意味が分からなかったが、俺は、コートの内ポケットから軍支給の黒いPETを取り出した。
 上官は、さっさとそのPETにカーネルをダウンロードをし、俺に笑顔とともにそれを返された。
 そのとき、上官がPETに何か囁いた、残念ながら声が小さすぎて何を言ってるんだか分からなかったが。

 俺は、返されたPETをさり気なくコートの袖で拭う(なんだか気持ち悪かったから)。

 『あの…何を…』
 「ん?何でもない何でもない。」

 俺はカーネルが何か言う前に、押し込めるようにPETを仕舞う。
 まあ、今顔をあわさなくても、後でいくらでも顔はあわせられるからな。

 「それでは、上官殿。私は此処で。」
 「ええ、カーネルを宜しくお願いしますね。」

 俺は、顔をまともに会わさないでさっさとこの息苦しい研究室を出た(あんな視線の中に一秒でも長くいたくない)。

 そのまま足を緩めず、談話室まで直行した。
 談話室は時間が時間だったせいか、数える程度しかいない。
 俺は、適当に飲み物を買うと、漸くポケットからPETを取り出した。

 「すまん。突然仕舞ったりして。」
 『いや…お気にせずに…』

 俺はともかく、カーネルもなぜかばつが悪そうに目を伏せた。

 そんなことより。

 「会った途端に不躾かも一つ質問するぞ?構わないか?」
 『はい…』
 「お前は、何で自分が俺なんかナビにされたか訊いたか?」
 『いいえ、ワタシには何も…』
 「そうか。」

 静かな返答に、俺こいつに質問することは無駄だと悟った。
 こいつは、人間のようなナビであると同時に、軍事ナビだ、本当に何か隠していてもその鱗片すら匂わせないだろう。
 なかなかの高性能だ。
 あのクソ上官が何を企んでるんだか知らないが俺は簡単には落とされないからな。

 「ま、改めてしばらく宜しくな、カーネル。」
 『はい。こちらからも宜しくお願いします、バレル大佐。』

 緑の眼が、僅かに険を帯びた。俺を探る気らしいがそれはこちらも同じだ。
 お互い腹に何を収めてるか、探り合いの始まりだ。