IRRATIONALITY 1   
sade navi




 ごぉおおおおお。

 獣のような咆哮を上げる悪趣味なウィルスを薙いだ。上半身と下半身に真二つに別れたが、びくびくとまだ動いていた。
 下半身と再び繋がりそうな気配を見せたので、素早くウィルスの頭部を剣で潰すように攻撃を加えると、ウィルスは耳障りな断末魔の咆哮を上げ、データの粒子となって消え去った。

 「ふぅ…。」

 その粒子をおうようにワタシは、時より緑色の光が走る電脳の天を仰いだ。

 「素晴らしい、素晴らしいですよ。カーネル。」

 乾いた拍手とともに、ワタシのすぐ上部に中将の顔が映った。
 ワタシにもう一言労いの言葉を投げかけ、短い拍手を終えると、満足げに、全く乱れていないようなネクタイを締め直した(科学班の研究員達は、きちんと制服を着る方が多いが、この中将は神経質なぐらい制服を整えている)。

 「どうですか?カーネル、調子のほうは?」
 『特に異常はありません。』

 ワタシは、ソードに変化させた腕を軽く振る。
 その様子を見て、ぎこちなく、他の研究者達とデータをを確認している。

 「それは良かった。さすが私が創った最高傑作だ、Lv.ベーシックのテスト用ウィルスなんて話になりませんね。」
 『はい…。』

 ワタシは、本当にこの人から創られたんだろうか?
 実に無礼な考えだけれど、よくそう思う。
 なんだこう、自分が創ったという割には、ワタシの扱いが硬いのだ、丁寧に扱っていると言うより、恐る恐る慎重にしている面が嫌に目に付く。

 だが、そんなことはワタシには関係のないこと、課せられた物だけをこなしてゆけばいい。
 ワタシは、ソードを元に戻した。
 その時、中将が冷たいのだか温かいのだか区別の付かない酷く癖のある不思議な笑みを浮かべて(この方は何時のこんな笑みを浮かべる)、声を潜めた。

 「カーネル、少し良いですか?」
 『はい。』

 中将はそう言って、何かのデータを転送してきた。
 そのデータを素早く読み込むと、それはとある人物の個人データだった。
 『バレル大佐』、正式な公表はまだしてないため表だったことが出来ないワタシでも、この名前は知っていた(情報源は研究員達の雑談)。
 この公式な個人データのには載ってないものの、彼には代名詞ともとれる有名な二つ名があった。
 『不死身』、この二つ名は数々の戦場で常軌を逸し、人の域を軽く超えたような実績から自然と付けられたものらしい。

 中将は何故、この人物の情報を?
 意図がつかめず、少し混乱するワタシの様子を感じ取ったのか、中将は珍しく語尾を濁して。

 「君に此奴を探って欲しいのです」

 名前すらを口にしたくないとばかりだ、この私情を混ぜることのない中将が珍しく他人を軽侮した言い方だ。

 「はっきりいえば、怪しいんですよ。」
 『怪しい、とは?』

 「最近軍内で不穏な動きがあるのはご存じですよね、その首謀者が此奴じゃないかと私は睨んでいるんです」
 『………』
 「しかし、彼はなかなかの強者…生半可な人に探らせても彼はすぐに気付いてしまうんです、全く持って腹立たしい男ですよ…。」
 『して、どのような…』
 「粗野で、阿呆で、雑駁な考えしかできない。人というか、獣ですよ奴は。」

 随分な言い方。苦々しげに、普段の笑みを崩す。
 滅多に変えることのない顔が歪み一種の違和感を感じた。

 そんなにもこの中将が毛嫌いするほどの人物とは…。

 残念なら、今ワタシが見たデータには顔写真が載っていなかった為(何故ないのだろうか?)、あれこれ勝手に想像してみたのだが、どうもぱっと来ない。
 唯単にワタシの想像力がないのか、此処(研究用の電脳空間)から、任務以外であまり出たことがない(つまり世間知らず)せいかは定かではないが。

 「カーネル、任務ですよ。此奴の動きを探ってください。まあ、表向きには軍事用ナビのモニターとでも銘打っておきましょう。」
 『しかし、中将…。』
 「ああ、言いたいことは分かってます。大丈夫、仮にもワタシは貴方の研究の最高責任者でもあるのです、貴方のことに関しては何とでも言えますよ。例え上の方々に感づかれても、勲を立てればよいのです。上の方々はそうゆう物に滅法弱いものですから」

 軍の暗部をよく知り尽くした考えだ、多少の悪行を犯しても、それより大きな勲が消してくれる、多少のことは仕方なかった、という具合で。
 そのぐらい危険を冒さなければ、上にはのし上がれないのが軍の実情だ。
 本当にまっとうな勲を立てて上位にあがれる人間なんて一掴み、いや、一掴みもいるだろうか。

 嬉々とした表情を浮かべていた中将に、近くにいた研究員が言葉をかける。

 「テストの続きだそうです。ではカーネル。」
 『はい。』

 間髪おかず、明らかにさっきより上だろうウィルスが、ワタシの正面に現れた。



 数日後、中将が許可が取れたと言うことでワタシは、その人に会うことになった。

 何故か、その人物一人を呼び出すだけなのだが、やけに物々しい雰囲気が漂っていた。何だが、皆が皆そわそわして落ち着かないというか、警戒しているというか。
 どんな人物なのだろうか。
 ワタシは、指示が在るまで電脳空間で待つことになっている。
 その間に、この前の続きとばかりに色々と考えてみる。

 やはり、どんな人物像を浮かべてもどうもしっくり来ない(中将の言っていた人物像を基本にしてみたが…)。
 中将の言ったことが本当なら、よくあれほどの功績を収められたものだ、詐称でもしない限り無理ではないのか?

 その時。
 「ああ…『カーネル』!もう姿を見せても構いませんよ。」

 中将が呼んだ。

 『はい。』
 「おおっ。」

 ワタシはモニターの向こう側に写った人物に驚いた。
 中将の普段護衛を務めている人物達に囲まれている彼は、全く想像も付かなかった人物、というか、こんなタイプの人にはあったこともない。一見すれば軍人とは思えない、仮にも大佐という位置に着いている人が、階級章を付けるどころか軍服すら着ていない、完全なる私服だ(しかも、非公式とはいえ上官の前で)。

 彼を形容するのに中将が言っていた獣。とはワタシには理解しがたい。
 確かに、隙のない人だが、猛々しい雰囲気を纏っているわけでも、雄々しい振る舞いをしているわけでもない、唯普通の人ではないというのが直感的に分かるだけ。

 無精髭で、髪は長めで中途半端に伸びた荒そうな質感の黒髪、長い前髪に隠れそうな眼は、この状況が面倒くさいとでもそのまま語って、だが、黒曜石のように重く底の見えない光が宿っている。
 一瞬、本当に飲み込まれるんじゃないかと錯覚するほど、その瞳には底が見えなかった、黒い目は深すぎて虚無すら感じるだ。

 大佐の方も、ワタシをなるほどとばかり観察していた。
 なんだか、予想外だったという感じだ(どんなナビを想像していたのだろうか)。

 あれほどの人物に囲まれ居るというのに、焦りや、不安という物は全く感じさせない。
 面倒くさいな、一刻も早くこんな所から出たい、という具合。のんきに頬を掻く仕草は自分が置かれている状況をどうとっているのだろうか。
 本当に、今までワタシがあったことのない人だ。
 軍人なのに軍人らしくない。此処には一人も居ないが、非戦闘員である研究員達の方がよっぽど軍人くさいではないか?

  『初めまして…バレル大佐。これからしばらく貴方のナビと勤めさせていただくカーネルです。』
 「ああ。」

 バレル大佐の返答は、実に淡泊な物だった。

 「どうやら気に入ってもらえたようですね。それでは、カーネルを。」

 中将の出した手に、一瞬遅れてバレル大佐は、コートの内ポケットの中から、軍支給の黒いPETを取り出した。
 そのPETにワタシは、手早くダウンロードされた。
 初めて入るPETの中は案外快適そうで、これからしばらく誰かのナビになるのだと、今更ながら実感が湧いてきた。
 すると、中将がいつもの笑みを浮かべたままPETにぎりぎり顔を近づけて。

 「カーネル…分かっていますね?頼みましたよ…。」

 今まで間近で見たことがない笑みが近づいてきた上に、ねっとりと、粘性すら感じる声に思わず、気持ち悪いと思ってしまった。
 だけど、それは一瞬のことで、何事もなかったかのように、バレル大佐に渡された。
 すると大佐は、渡されたPETを中将には気付かれないように、コートの袖で拭った。

 ワタシの考えを一瞬悟られたかと思った。

 『あの…何を…』
 「ん?何でもない何でもない。」

 次の言葉を紡ぐ前に、大佐のコートの中に仕舞われた。
 少々、乱暴に仕舞われて少し驚かれたが、全く不快ではなかった。

 「それでは、上官殿。私は此処で。」
 「ええ、カーネルを宜しくお願いしますね。」

 軽く言葉を交わすと、大佐は、即座に部屋から出た。
 そんなに此処にいたくなかったのだろうか?

 そのまま、足を緩めず付いた先は談話室で、飲み物を買い、漸くワタシに話しかけてきた。

 「すまん。突然仕舞ったりして。」
 『いや…お気にせずに…』

 大佐がしてくれたことにはある種の感謝を抱いてしまった。
 これは実に無礼なことだというのに。

 大佐はゆったりとした口調で、さり気なく。

 「会った途端に不躾かも一つ質問するぞ?構わないか?」
 『はい…』
 「お前は、何で自分が俺なんかナビにされたか訊いたか?」
 『いいえ、ワタシには何も…』
 「そうか。」

 ワタシはかけられたその質問に、静かに返したが、内心では不意打ちをされた気分だ。
 深い黒は、もう興味が失せたといわんばかりだ。今はもう何も悟らせない虚無。
 この人は、何を考えているのだ?もしかして、中将達の策略を知っているのか?
 いや、知っているわけではない。ワタシという物を渡された時点で感ずいた、というところだろう。
 中将の言っていた意味、今なら分かる。
 今確実に、人間だったらワタシは、背中に嫌な汗が伝っている。この人は唯の荒れ狂う獣ではない、虎視眈々と相手を探る英明な獣だ。

 そして今ワタシは、その獣のテリトリーに入った。

 「ま、改めてしばらく宜しくな、カーネル。」
 『はい。こちらからも宜しくお願いします、バレル大佐。』

 その目が一瞬、文字通り、鋭い刃物のように細まった。
 この英明な獣のテリトリーからは、そう易々とは出られない、なら、徹底的に出られるまでテリトリーを探るしかないだろう。