以外と見てますよ。・1・
私は別荘の管理人をしています。
とはいっても、本業の傍らですが、、、。
夫は早くに私と子供をおいて逝き、子供は独立し、遠くの街でお嫁さんと孫と暮らしているので、私は自由に管理をしています。
あまり大きな建物ではないので管理するのは、女の私一人でも充分なのです(見る方が見れば絶賛するような、卒倒を起こされるやも知れないほど、高価で素晴らしい別荘らしいのですが、よく私は解りません)。
私が預からせて頂いている此処は、山に囲まれた海沿いの小さな田舎町であり、兎角名高い別荘地ではありません。
しかし、美しい町です。
ある意味、この町は穴場、、、なのかも知れません。
勿論、ネット環境は申し分ない程度に整っておりますが、今は、情報が多いところがよい場所という流れなのだからでしょうね。あまり町おこしに活発ではないためあまりPRされていないこの町は、知られていません
。
ですが、旦那様はこの小さな田舎町を選び別荘を建てられました。
正確に言うと、旦那様自身が選んだわけではないのですが、、、雇われの身で深く言うのはおこがましいですね、、、。
しかし、旦那様は御自分のために此処を建てられたわけではありません。
私も初めて其れをお聞きしたときは大変驚きましたが、、、実はこの別荘は、お嬢様のお誕生日のプレゼントの一つらしいのです(因みに、その時のお誕生日の時の他のプレゼントは、、、私には理解の許容量を超した量と質の品々だったとでも言っておきましょう)。
初めてお嬢様が此処にいらっしゃったときのことはよく覚えております。
その当時、女が夫がいない身で子供を育てるのはそれなりに苦労する時代でした(今もそうですが、一昔前よりかは幾分は良くなっています)。
私はとにかく子供だけには不自由はさせないようにと、色々と仕事を掛け持ちをしていました。
目に付いた仕事いう仕事は何でもしましたし、男性のかたがなさる力仕事もやったりしました。
まあ、半端仕事をこなす毎日だったと言うべきでしょうか、、、。
そんなとき、私の古くからの友人が、新しく出来た此処の別荘の管理人となったのです。
そして彼女が、初めて別荘主が来るので私に手伝ってくれないかと、声をかけてくれたのです。
それなりのお給金もということで、私は喜んで、彼女の手伝いを引き受けることにしたのです。
とはいうものの、本業のである彼女の簡単なアシスタントでしたが、、、今考えると、彼女なりに何か考えがあってのことだったかも知れません。
そういうことで、私は真新しい別荘でお手伝いとして待ちすることとなったのです。
しゃんと背筋を伸ばしそれでいて控えめという、仕える者としての基本も何もかも身体にしみこませている彼女は、大変落ち着いていました。
当然、仕える者のイロハすら知らない私は、決して旦那様達の前に出ることはないようにときつく念を押されていましたので、その時の私は裏方でお掃除をしたり、お料理をしたりするだけで何事もなく終わるだろうと思っていました。
しかし、物事というのは自分が思っていたとおりにはいきませんね。
この歳になっても何度も思ってしまいます。
確かあれは、私が旦那様達と直接にお会いすることなく三日ほどたったときのことでしょうか、、、。
私は洗い終えたシーツをまとめ、さあ、これから、お部屋に敷きに行かなくては、、、と、廊下をやや早足で歩いていました。
彼女に御夕飯の下拵えをしておくように言われていたので、早めに支度しておいた方がよいと判断した私は、少し急いでいたのです。それで、彼女にあれだけきつく言われていた、常に回りに気を付ける事という、、、大切なことが抜けてしまったのです。
言い訳ですが、、、そのせいで、、、目的のお部屋を間近にしていた私は、勢いよく走ってくる小さな影に気づけなかったのです。
「きゃぁ…!!」
「きゃんっつ!」
ばふっつ。
小さな影は私にその勢いのままフット選手も真っ青のタックルを、、、。
当然私は転びました。
私は何の受け身もとらないまま仰向けに倒れたわけですから、当然頭と背中を強か打ち付けましたが、、、此で幸運だったのは、そのぶつかってきた本人自体は私をクッションにしてたいしてダメージは受けなかったということでしょう。
意外な事なのでよく覚えていますが、、、私が真っ先に思ったのは、痛みや驚きより、せっかく洗ったシーツが、、、という事でした、、、。
しかし、其れを思ったのは一瞬、私は急いでぶつかってきた影を確認しました。
その子は私の息子より幾らか幼い小さな女の子でした。
素人目でも解る綺麗で高価なドレスを纏い、ふわふわの茶色い髪を高く結い、今はきゅっと閉じられた目にはとても特徴的な泣きぼくろ、、、。
といいますか、この別荘には女の子は一人しか居ません。
そして私は一瞬にして血の気が引くのが解りました。
「大丈夫ですかっ!?お、お嬢様!!」
「ぃ…う…。」
よく解らない声を上げて、お嬢様は、額を抑えて顔を上げました。
そして、私を見た瞬間きっと、眉をつり上げ声を張り上げました。
「何するのよ危ないじゃない!!」
「も、申し訳在りません!!」
高い女の子の声で間近で怒鳴られて、思わず耳がわぁんと、なりましたが。此処で思わず耳を押さえるほどの無礼はしません。
「それに何よ貴女、見たこと無いわね!ここはあの人一人じゃないの!!」
「私は彼女のアシスタントです!!」
「嘘よ!!わたし見たことないもの!!」
「まだ未熟なもので粗相がないようにと!!お嬢様達の前には出ていなかっただけです!!」
「じゃあ何で今わたしのまえにいるのよぉおお!!」
「偶然です!!」
「それに何でわたしにぶつかったのよ!!」
「申し訳御座いません!!私の不注意です!!」
今にも噛みつかれそうな勢いに私は、必至に否定することしかできませんでした。
でも、後から後からどこから出てくるのでしょうと、思わずにはおられないほど、言葉がぽんぽんと出てきて私を攻めます。
その時の私とお嬢様は客観的に見れば、随分と間の抜けた体勢で言い合っていたような気がします。
どれだけ、お嬢様の言葉に必至に応えていたか解りません(しかも後半から随分関係ない事になっていました)。
ふと、前触れもなくお嬢様が、ぐうと、黙り込んでしまいました。
どうしたのかと、思いましたが良い言葉が見つからず私がおろおろしていると、お嬢様の大きな瞳が潤んできていました。
ああ、、これは、、、と、思いました。
それは息子がもう少し小さな頃に見慣れていた、感情の爆発前の前振りだったからです。
「ぅ…ぇ…ぅっ…わぁああああっぁああんっ!!!」
小さな体から出せる最大音量で声を上げると共に、ぶわっと涙がこぼれ、顔が熟れきった林檎のように紅潮しました。
赤い頬を透明な涙が伝い、赤いドレスに更に濃い赤色の丸いシミをいくつも付け、その顔を隠すように小さな手で顔を覆いました。
意外なことに、私は特に驚きはせず、、、何故か、その泣く姿が息子と被りました。
息子と同じように、、、、小さく身体を丸めて泣いていたからかもしれません。
ほとんど反射的に私は小さな体を抱き寄せ、片手で背中を優しくゆっくり叩き、もう片方の手で後頭部を撫でました。
でも、抱き寄せたとき、女の子特有の甘い匂いとその体つきにやっぱり、女の子と男の子は似ているようで違うのだなと思いました。
ひっくひっくと、僅かに震える体は驚きを見せました。
驚いた様子で恐る恐ると言った具合にその涙に濡れた顔を上げました。
「あ、申し訳在りません!!お嬢様!!」
今更自分が行ったことがどれだけ不躾か気づき、私は身も蓋もなく慌てました。
一瞬お嬢様はなんとも言えない感情で顔を顰めました。
「貴女…随分と…面白いこと…するじゃない…。」
けれど、涙声の掠れた声でしたが、、、以外にも怒っている声音ではありませんでした、、、。
ぐうっと、細い咽から小さな音が聞こえました。
「…ちょっと…付き合いなさいよ…。」
まだ潤む瞳を伏せて、私の服の袖を掴みました。
この場合どうしたらよいかと、思いましたが、、、黙って引っ張られるままお嬢様に付いていくことにしました(勿論、シーツも一緒です)。
連れて行かれると言うほど、移動はしませんでした。
唯、、、お嬢様のお部屋に連れて行かれただけでした。
物語に出てくるお姫様のお部屋、、、そんな表現がぴったりのお部屋です。
お部屋自体にはお掃除で毎日入っておりました。が、、、私はそのお部屋の主に招き入れられるなど、、、ほんの三十分前の私は考えすらしなかったでしょう、、、(正直心臓が痛いほどバクバクと動いています)。
ぽすんと、お嬢様は、ベットに座ります。
取り合えず、私は距離を置いてお嬢様の前に。
、、、しかし、、、お嬢様は座ったまま顔を上げられません。
とはいうものの私はどうしようもなく、唯、お嬢様から動いてくれるのを待つしかできません。
数分ほどたったときやはり前触れもなくお嬢様が顔を上げました。
「ねえ!!貴女はどう思う!!」
「はい?」
何を訊かれたのでしょうか?主語がありません、、、、。
ぎっと、睨み付けられるように言われましても、、、私は答えようもありません、、。
どう返そうかと形をまとめる前にお嬢様がまた口を開きました。
「お父様ね!!何時もお前が一番可愛い!!世界で一番お前が大事!!だからお前の望むことは何でも叶えてあげるって言ってるの!何時も!!何時も!!お買い物だっていくらでも好きな物を買ってくれるし!私がしたいことは何でもさせてくれるの!!!今までなんだって何だって!!なのにどうしてよ!!!」
一気に言われて正直聴覚がパンクしかけましたが、、、どうやらお嬢様は感情のまましゃべっていらっしゃるようで、、、この場合は話の順序は気にせず、今はお嬢様がおっしゃりたいことを全ておっしゃるまで黙って待つのが得策なのは解りました。
「欲しいって言ったら何時もくれるじゃない!!可愛いお前のためにならって!!わたしが喜ぶこと何でもさせてくれるって言ってるじゃない!!!わたしのお願いなら何でも叶えてあげるって言ってるじゃない!!!」
そこで一度お嬢様の言葉が止まります。
ぜーぜーと、荒く息を吸い込みます。
よく解りませんが、、、お嬢様の当然のおねだりに何かあったようです。
お嬢様は、ぎゅっと、膝の上に追い立てを握り直すと、、、今度は絞り出すような声音に変わりました。
「…なのに…どぉしてよぉ…どうしてなのよぉ…なんでくれないのよぉ…。」
私もどうしてだろうと思わず釣られるように小首を傾げてしまいました。
遠目から見ていても、旦那様のお嬢様の可愛がりようと来たら、私の常識をの壁を一、二どころか、万も、億も越えたものです(、、、同じ親として、、信じられない域ですから、、、)。
世界中のお砂糖を集めて作ったお菓子だってお嬢様へ甘やかしに比べれば、辛く感じる程でしょう。
その旦那様がお嬢様のおねだりを断るなんて、、、一体お嬢様は何をおねだりしたのでしょう?
「…お嬢様…何を…旦那様にお願いしたのですか?」
私の言葉に弾かれたように顔を上げ、、、ぼろぼろと大きな瞳からまた大粒の涙がこぼれていました。
本気で、体の中の水分量の心配をしてしまいそうになるほど、ぼろぼろと止めどなく溢れていました。
お嬢様は涙でぐちゃぐちゃのまま、ばっと突然立ち上がると、つかつかと、嫌味のない程度に可愛らしく装飾の施された御自分の机に直行すると、何かをひったくるように掴むと、くるりと突進するように私の前に来。
背伸びをし、ずいっと私に何かを突きつけました、、、。
あまりの近さにピントが合わず何を突きつけられたのかもすら認識できませんでしたが、、、。
くっと、上半身だけ軽く身を退いてピントを合わせると其れは、当時の私にはまだまだ縁もゆかりも無そうな品、、、PETでした。
当時まだ高価な品でしたから、私は買おうとすら思わなかったものです(一応、上司である彼女はPETを持っていましたが、、、)。
しかし、何故、、、?その画面を見せられているのでしょうか?
お嬢様の行動の意図が分かりませんでした、、、。
その困惑が我知らず顔に出たのでしょうか?お嬢様の感情の火種に油を注いでしまったようで、、、。
「ナビよ…お父様の…ナビっつ!!!」
わぁんと、思わず部屋が震えたんじゃないかと思うほど激しい声で返されました。
、、、ナビ。
PET以上に聞き慣れない言葉に、私は思わず、、、。
「な…なんでしたで…しょうか…それは?」
、、、素で聞き返してしまいました、、、。
お嬢様は私のその言葉に一瞬未知の物質でも見るかのように驚きの顔を見せました。
「知らないの!!ネットワークナビゲーションプログラム!!その略がナビ!!」
「ああ…!其れですか。」
ぽんと、思わず手を叩いて納得しました。
一週間ぐらい前に見た、最先端ネット工学特集できいたことがありました。
いや、もっと以前に、好奇心でPETの操作方法を教えて貰ったとき彼女にもきいた覚えもありました。
あまりにも、縁がなかったせいでしょうが、お恥ずかしい話、私は、ナビという言葉をすぐに理解できなかったのです。
何故かお嬢様の憤った雰囲気が一気にしぼんでいくのが分かりました。
あれ?と、思うまもなくお嬢様は、はぁーと、肺の中にあった全ての息を吐き出すと、、、もう一度ベットに座りました。
「…今ので…気が抜けちゃったわ…馬鹿なのね…貴女…。」
ぐしぐしと袖で顔を拭うお嬢様に言われた一言に、ぐざりと、正直傷つきました。
息子と二つ三つしか変わらない子供にこんなはっきり、馬鹿と言われるのは、、、。
ふうと、お嬢様はまたため息を吐き出しました。
「あーでも、ちょっと吐き出したらすっきりしたわ…。」
「はあ…。」
お嬢様は言葉通り、雰囲気こそ少し落ち着きました。
しかし、、、PETを小さな手で弄くりながら、まだ眉をつり上げたままなので、、、まだまだ油断は出来ない状況です。
「えっと、お話は此処までなのでしょ…。」
「最後まで付き合いなさいよ!!」
びしっと、今まで雑事などしたことがない綺麗な指が突きつけられました。
、、、理不尽。
そう思うのは決して無理はないと思います。
私は、お嬢様のお話に最後まで付き合うしか選択肢がないようです、、、。
ぎゅっと、洗い直さなくてはいけないシーツ改めて抱き込みました。
「…お父様がPETを買ってくれたの。何時も通り…欲しいって言ったらすぐに…。」
お嬢様がこつこつと、PET画面をつま先で小突きます。
「…それで…せっかくPET買ったからナビも欲しいって言ったら…わたしが望むナビをあげるって…お父様が言ったから…お父様のナビが欲しいって言ったのよ…そしたら…。」
そこでまた黙り込み、ふるふるとまた肩が震えだしました。
「駄目って…駄目って…どういう事よぉおおおぉぉおおお!!!」
びりびりっと、部屋の空気が震えました。
冗談ではなく、、、(ガラスとか、、、)。
よく響く声です、、、。
「あの子がいいって言うのに!!あの子が欲しいのに!!あの子だけは駄目ってどういう事!!他のナビなら用意してあげるからこの子だけは駄目って!!!わたしはあの子が欲しいかったのよ!!!しかも暫くあのことおしゃべり禁止!?何よ!!何よぉおぉぉおおおおお!!!」
後は、ヒステリックによく聞き取れない声で叫ぶのでよく解りません、、、。
つまりは、お嬢様が旦那様のナビをねだり、断られた、、、ということなのでしょう。
きけば酷く単純で、何故此処まで荒れ狂うのか、私には共感できないことでしたが、、、理解は出来ました。
お嬢様からすれば今まで御自分の思うことが通らなかったことはなかったというのに、恐らく生まれて初めて直面したのでしょう(今まで無かったというのは驚きです)。
彼女からきけば、旦那様に花よ蝶よと大事に大事に育てられてきたお嬢様。
、、、相当に、、、ショックだったのでしょう、、、。
お嬢様からすれば裏切られたようにも感じられるのでしょう。
わーや、きゃーとしか聞き取れないような叫び声を上げるお嬢様に、どうしたらようかと思いましたが、、、。
思い切って話しかけてみようと思いました。
、、、しかし、、、この場合、息子に接するように接するのは流石に私でも駄目だろうと理解できます(先程の失態は此処ではおいておくとします)。
どうしたらよいかと、考えて、、、とりあえず、、、。
「…あの…またどうして…お嬢様は旦那様のナビを…欲しがったのですか…?」
あくまで言葉は崩さず、普通に話しかける事にしました。
私の選択の善し悪しはともかく、とりあえず、、、私の言葉にお嬢様はピタリとヒステリックな声を上げるのをやめました。
しかし、、、ぷるぷると体を小刻みに震わしたまま、今までの絶叫の嵐が嘘のように止み、、、お嬢様は唯、、、黙り込みました。
沈黙は痛いもの。
いくら年を重ねても此は何度も、嫌な意味で新鮮さを失わず何度味わっても慣れないものです。
、、、例えそれが、自分の息子より小さな女の子が創り出しているとしても、、、。
、、、やっぱり、、、失礼だった、、、。
「…ぃわよ…別に…。」
「え?」
「無いって言ったの!!唯欲しかったのよ!!」
「はい!すいません!!」
別に怒らせるつもりはなかったのですが、、、最初の言葉があまりにも聞き取りづらかったために反射的に聞き直したのがいけなかったようです。
「あの、理由無しで?」
「そうよ!欲しい物に理由付けなきゃいけないの!?」
「いや、その…そう言うわけではなくて…あの…旦那様のナビ位になると…何か特別な…ナビなのかなと思いまして…。」
「ん…。あら貴女、以外と馬鹿じゃないのね…ちょっとは頭があるみたいね…。確かに、あの子はお父様が特別に作らせた物よ。まだまだ普及してない、高度な疑似人格プログラムを持ったナビ。世界でもまだまだ数が少ないタイプのナビなのよ。」
えっへんと、まるで自分の物を自慢するようにお嬢様は、すっと少しだけ怒りを静めて、『欲しいもの』を語ってくれました。
「はぁ?あの…ところで…其れはどのような…物なのですか…?」
そこでまたお嬢様の言葉が止まりました。
そのまま向けられた眼は、思いっきり、、、馬鹿じゃない?と言わんばかりの眼でした、、、。
此処まではっきり意思表示されると怒るという感情は湧かず、私って本当にそう言うのは疎いんだなぁ、、、と、自身を反省する感情の方が吹き出しました。
私にとって、お嬢様が今申された単語は、私にとっては遠い遠い異国の言葉にすら匹敵します。
昔から、私は、そう言う方面については疎いというか、苦手な部門なので、になるべく関わらないようにしていたぐらいです。
パソコンや携帯電話などは不自由ない程度に使えますが(覚えるのにどちらも普通の人より倍近くかかったのはともかく)、、、PETについては彼女に一応使い方を教えてもらった時(まだ、、、よくは解っていませんが、、、)、ナビについても基礎知識を教えて貰ったのですが、、、よく解らなかったというのが本当でした。
「仕方ないわね、説明してあげるんだからよく聴きなさい。疑似人格プログラムっていうのは、言葉通り、高度なAIを持ったナビのこと。今までの唯事務的な反応しか出来ないプログラムと違って、まるで本当に思考を持ったように、わたしたちつまり、、、オペレーターいや、人間とコミュニケーションがとれるの。解った?」
「はい…。」
一気に大量に説明されましたが、大分簡略した説明だったので、私でも理解できました。
ですが、正直、一番驚いたのは今の今まで、ヒステリックに泣いていた女の子が、私には全く無関係の領域をさらりと語った事です。
あまりの我の強さに押されて抜けていましたが、お嬢様は年の割には言葉がはっきりしていますし、よどみのない言葉はきちんと言葉を理解して使っている事が解ります、此はお嬢様がきちんと未来のレディとして教育を受けている証拠です。
「わたしが欲しいものは、何時もお父様のお仕事のサポートをしているわ、今までお父様が雇ってきたどんな秘書よりずっと有能よ。それに面白いのよ。」
、、、前半部分はナルホドときいていましたが、最後にがくっと来ました。
あの、面白いとは、、、どういう事ですか、、、。
「面白い方なんですか…?」
「ええ。とっても面白い子なの。」
、、、なんだか、、、よく解らなくなってきました、、、。
あの、、、えっと、、、面白いって、、、。
「時々ね、お父様お目を盗んであのことおしゃべりをすることがあるのよ!ちょっと鈍いトコがあって腹ただしい面があって、そのくせ反応が大袈裟すぎるのよねー。でも、別に可愛いって訳じゃないのよ。どっちかっていうと無骨な感じでなんて言うか…ごついって…言うのかしら?お父様もセンス無いわ。」
言葉の終わりと共に、ふんっと、顔にかかったふわふわの茶髪をかき上げました。
我の強さを象徴するような眼が、ほんの僅かですが、、、揺れました。
「でも、『あんなの』をお嬢様は欲しい思ったのでしょう?」
「そうよ。欲しいわ。」
ぶすっと、納得がいかないと言わんばかりにサクランボのような唇が歪みました。
そこで少し、少し歳不相応なほどの幼さが強く現れました。
「お嬢様。お伺いしますが…もし、『あんなの』を頂いたら何をするのですか?先程の説明からかなりの能力だと推測できますが…。」
「決まってるじゃない!遊ぶに決まってるわ!思いっきり好きに!!あの子と!」
、、、。
黙っているのがこの場合一番の答えだとも思いましたが、此処まで巻き込まれたら、思ったこと言ってしまうのがよいと思いました。
「…お嬢様。旦那様は絶対にその『あんなの』は譲ってくれませんよ。」
「…な!何ですって!!そんなことあり得る分けないわ!!」
私の返答を想像としてもいなかったのか、その内容が気にくわなかったかは解りませんでしたが、またお嬢様のスイッチを入れたようですが、もう構っていられません。
此処まで事が事となると別です、此処までぐだぐだになると、もう、感覚が鈍ってきたのもありますが、色んな意味で、色んな物が、切れました。
やはり、それなりのお給金にはそれなりに代償も伴うものです。
ああ、、、持っているスーツを洗い直して、お部屋に敷いて、御夕飯の下拵えをしなくては、、、。
「いいえ、譲って貰えません。断言できます。」
「そんなこと…!!」
「では、何故、今までお嬢様のおねだりを受け入れてきた旦那様がノーと言ったのですか。」
「…知らないわよ!そんなこと!!!」
ぼすっと、次の瞬間視界が白一色に染まりました。
枕を投げられたとすぐ解りましたが、別に何も感じませんでした。子供の癇癪程度。別に怒ることではないと思いました(結構激しく投げられましたから、、、きっと私の口紅やファンデーションが付いたと思います)。
「『そんなこと』をご存じないのですから、お嬢様は怒っていらっしゃるのでしょう。」
「あ、貴女!わたしをなんだと思ってるの!!失礼にも程があるわ!!」
「申し訳在りません。」
「何!?わたしを馬鹿にしているの!!」
「失礼は重々承知で申し上げます、いいえ付け加えましょうか…。『今』は恐らく譲って頂けませんよ。」
そう言えば、大人しい息子も小さいときは何でもかんでも投げつけて、こんな風に声をあら上げたりしていました。
「今って何!!わたしは今すぐ欲しいのよ!!!」
「どんなに私に怒鳴りつけたって無駄だと思いますよ。」
「貴女が偉そうにわたしに物を言うからでしょう!!!何が分かるって言うのよ!!!」
「お嬢様のお気持ちは解りませんが、旦那様のお気持ちを察して物を言わせて頂いているのです。」
「何よわたしの気持ちとか…っ!!って…お父様の…気持ち…?」
「はい。」
私の台詞が相当に意外な物だったらしく、まるで急ブレーキを踏んだようにお嬢様の激しい言葉が止みました。
「お話を聞けば、お嬢様はそれなりにそのえっと…旦那様のナビに懐いているご様子。また、旦那様は相当にお嬢様に愛情を注いでいらっしゃいますね。」
「…ええ、そうよ。」
「旦那様は、きっとお嬢様がそのナビに懐いているのが…寂しいのではないでしょうか。」
「寂しい?どうして?お父様、わたしと居る時間は少ないのよ、わたしが居ない時間の方が多いんだから寂しいなんて感じないわよ。わたしも寂しいって思わないもの。」
私はそのお嬢様のその台詞に、、、同じ子供と接する時間が少ない親として、お嬢様の旦那様へ対するその思いに、、、恐怖を、、、感じました。
この小さな女の子は、旦那様が、、、父が居ないことが当たり前。
父として認識しているのでしょうが、きっと一緒にいる相手としては、、、認識していないのでしょう、、、。
我が儘をきいてくれるお父様。
きっとそういう思いしか感じていないのでしょう、、、。
「…お嬢様。旦那様はお嬢様が大好きなのです。其れは十分ご理解していると思いますね。」
「ええ…。耳にたこができるほどきいたわ。」
「旦那様は、大好きなお嬢様を盗られたくないのですよ。」
「なにそれ?わたしが誘拐でもされるっていうこと?確かに今まで何回かあったけど?全部未遂で終わったわよ。」
「いえいえ、そう言うことではなくて…。」
どうやら、この手の話題にお嬢様は疎いようです。
というか、流石といいますかお嬢様。誘拐に慣れているなんて、、、。
「旦那様は、お嬢様を独占していたいのです。」
「な!なによそれ!!私は物じゃないわよ!!!」
「可愛い娘として、ですよ。」
「娘?と、して?」
いまいちぴんと来ない様子で、う〜んと、黙り込みました。
以外と、娘というのは曖昧な表現なのでしょうか?
「…分かり辛いですかね…?」
「ええ。解らないわ。」
、、、私は自他とも認める言葉下手ですからここまでが限界ですかね、、、。
「…そうですね…旦那様に『お父様が一番好き』とおっしゃればよいと思います。」
「えー。私が一番好きなのは、綺麗な宝石とか可愛いお洋服とかなんだけど。」
「…お嬢様……旦那様が…其れをお聞きになったら…酷く落ち込まれると思いますよ…あの…旦那様は…ところで何番目ですか…?」
「えー。お父様をランク付けするのー?」
「…あー…旦那様が…そのナビさんに…嫉妬する…理由…何だか…解りました…。」
、、、可愛い可愛い一人娘を、他人に奪われたお父さんの心境に近いのかも知れません、、、。
「でも、『お父様が一番好き』っていえばいいの?」
「ええ、旦那様。お嬢様が大好きですから…流石に、ナビをお嬢様に譲るとまではいかないと思いますが、おしゃべり禁止はとけますよ。」
「本当!!」
「ええ。此は私でも断言できます。」
、、、完全に旦那様のお気持ちをスルーする形にはなるとは思いますが、、、。
知らなくて良いことがあると思うのであえて、私が関わるのは此処まで、、、。
それに、これ以上他人の親子関係に口を出すのは一種、その親子関係に余計な支障を来すことになる、、、、其れはきっと誰にでも解ることです。
後は、お嬢様が娘として自覚してくれればよいと思います。
このお嬢様が、御自分気付かない限り私が何を言っても通じません。
もしかしたら明日気付くかも知れませんし、一生気付かないこともあるでしょう、、、。
「本当ね!絶対ね!!」
「本当です、絶対です。」
「嘘付いたら、クビにするからね!!」
「はい。」
そこまで言うと、お嬢様はたっと私の脇を走って行きました。
ドレスの赤い裾が視界を通ったと思ったら、、、もう、、、本当にあっと言う間、、、という感じで、、、。
今までの、騒ぎが嘘のように、部屋までもそれに反応するように雰囲気が変わったようです、、、。
私は、余りの変化の激しさに取り残されて数秒呆けていました、、、。
そしてはっと、気付くと、取り合えず、投げつけられた枕と、洗い直す羽目になったシーツを抱えてお嬢様の部屋を出ました。
、、、もう広い廊下にはお嬢様はいらっしゃいませんでした。
取り残されるような形になった私は、枕とシーツを抱えなおし、、、。
まるで嵐のような子、、、私は思わずそう呟きました。