笑、嗤 ・伍・



 「なぁあにぃいがぁあ!幕臣のお偉いサマですくわぁあ!!!こぬぅおぉおチビガキぃいッツ!!!若すぎるんですよねぇえ!!あんたぁあ!!」
 「な!てめえ!なんて言い草だ!!俺様は此処に商品を買いに来てやってるんだぜッツ!?それに俺様はなぁ!金があって!家柄が良くて!実力があって!頭が良いから若くて幕臣っつーお偉いさまになってんだよぉ!そのくらい察しろよバーカ!!」
 「ふぅうざけんじゃありませんよぉお!!どぉおせあんたみたいなタイプ前の二つで成り上がってるんでしょぉおうぐぁあ!!」
 「るっせぇえッツ!!お前みたいに下働きしてねぇえで!金を湯水みてぇえに使えんだけ無限倍ましだぜ!!!」

 こんなあまりにも低俗すぎる喧嘩が、オークション会場で繰り広げられていた。
 一人は鱗犬の天人だが、もう一人は素人目でも一目で高いとか分かるような装いの、まだ二十代だろう、なかなかの顔をした若い男。童顔のためかもっと幼くも見える。

 二人は、今にもつかみ合って血を見らんとばかりの殺気みなぎる雰囲気だが(鱗犬の天人の方は鞭を振り回そうとしているし、童顔の男は、銃の引き金を引こうとしている)。ぎりぎり、止めに入っている牛面の天人のその他の部下に止められていて寸前のところで流血騒ぎにはなっていない。

 皆、異様に体力のあるこの二人を止めるのに必死でオークションどころではなくなっている。

 一人は手を出したら半殺し、一人は手を出したら自分たちの首が飛ぶ。

 押さえるしか方法のない状況。
 まさに猫の手も借りたいような状況だった(バイヤー達は、物好きな金持ち共。面白そうに見物と決めている)。

 その時、静かに会場の扉を開けて、牛面の天人(血と肉片まみれだったスーツではない)が、はいってきた。

 その途端、騒ぎは収まった(けれど、二人はまだ抑えてある)。

 「此は此は皆様。私の部下がお騒がせして申し訳ありません。」

 入ってくる也、牛面の天人の発した第一声は謝罪だった。

 「たぁ、大使ぃい〜…。」

 鱗犬の天人は、顔を見て登っていた血が一気に降りたらしい、蒼い鱗に覆われた顔が更に青くなっていた。
 その様子を見て、童顔の男は。

 「おい、このウシ野郎!てめえ部下の教育がなってないんじゃねえか!仮にもお客様に向かって暴言だぜ!!此処は商品じゃなくて不快感を売ってんのかよ!!」
 「本当に申し訳ありません…、お客様にとんだご無礼を…。」

 牛面の天人は、深々と頭を下げた。
 仮にも、一星の大使が、一介の幕臣に頭を下げる。
 此は、ある意味凄いことなのだが、童顔の男の気は済まなかったらしい

 「はっ!頭下げるぐらいだったらなぁ!誰にだってできんだよ!!!行動で示せよ!行動で!!俺は其奴になぁ!殴られかかったんだぜ!?た・い・し・さ・まッツ!!」

 どうやら、この童顔の男は余程我が儘放題に育ってきたらしい。
 こういうタイプは、どんな相手だろうが自分の気が済まなきゃ我慢ならないのだ。

 牛面の天人は、それを察したのか、ふむと。呟くと、未だ押さえられている鱗犬の天人に近づき、そして無造作に、鱗犬の天人の頭をその手で鷲掴んだ。

 「ぁがぁあ…ッツ!?」
 「行動で示せとのご注文でしたね。此で勘弁して頂けないでしょうか?」

 にっこりと笑みそして、頭を握る手に力を入れる。

 メリメリメリッツ。

 「グギャァアアァアアアァアアアアッツ!!!!!!!」

 その万力とも言える握力で、すっぽりと包み込んだ鱗犬の天人の頭を締め付けた。

 ぱきぱきと、硬い鱗が割れ。細かい欠片や鱗が、落ち。絶叫が更に高くなる。

 「た…ツ!大使ぃい…!!」
 「う〜ん…?足りませんかねぇ?」

 首を傾げて、童顔の男に聴く。
 童顔の男は、その制裁に満足げに頷く。

 「いいぜ、ソレ。だがな、肝心の其奴の謝罪がないぜ。土下座…そうだ、土下座させてみろよ。」

 彼のあまりの無茶苦茶な要求に、他のバイヤー達は此見ようがしに眉を顰めたり、面白げに笑う者もいる。

 牛面の天人は、嫌な顔一つせずに、掴んでいた鱗犬の天人を静かに地面に降ろし、自分も本当に跪き、土下座した。

 此には、童顔の男も、周りのバイヤー達も、面食らったように目を見開く、童顔の男は鱗犬の天人に、と言う意味だったのだが。

 「たぁ…大使しぃい…」
 「部下の不手際は私の不手際。ともに謝罪するのが当然です。」

 焦点の合わない状態で、鱗犬の天人が言うが、それに、笑顔で返す。

 この牛面の天人は、どうやら、優しいわけでも、厳しいわけでもなく、本当に唯公平で、効率を重視する天人らしい。

 童顔の男はその行動に、満足したらしい。


 「ま、それで勘弁してやるよ。ウシ野郎。」

 そう言い捨てると再び席に着く。

 ふぅうと、安堵したように牛面の天人は息を吐き、どうやら脳震盪を起こし、ふらふらになってしまっている、鱗犬の天人に、手を伸ばす。

 「申し訳ぇえ…ありません〜、大使ぃい…、でもぉお…ひどいぃい…ですよぉお…。」
 「すいませんねぇ。痛い思いをさせてしまって、けど、お客様に手を出そうとするのは頂けませんよ。」
 「ふぅぁあい…大使ぃい…。」

 鱗犬の天人は、自分の上司のことを良く理解していた。
 この上司は、利用価値があると分かっていれば、どんな部下であれできるだけ再利用しようとする、本当に恐ろしい男だと。

 「ぁあれぇえ?大使ぃい…?あの御二方はぁあ?」

 それを待ってましたとばかりに、牛面の天人は、本当の苛烈で暴力的な笑みを浮かべる。

 「ふふ、ちょっとね。オークションの余興の催してくれるんですよ…。」
 「んん〜?!余興ですくぁあ!そぉおれは楽しそうですねぇえ!!」

 突然、元気を取り戻したらしい鱗犬の天人は楽しそうな声音になる。

 「そこであなたに、実況をしてもらいたいのです。」
 「はぃいい?何のですかぁあ?」

 牛面の天人は、返事代わりに良く響くその声で高らかと言う。

 「皆さん。オークションの前にサプライズです!」

 漸く先ほどの喧嘩の余韻から抜け始め席に着きだしたバイヤー達が騒ぎ出す。

 「名目は賭け試合です!!」

 ぱちぃいん、ゴツイ指を綺麗に鳴らすと、本来なら商品のアップを写すスクリーンに、なんと、屋敷に侵入した高杉達が映った。
 どうやら、暗くて良くは見えないが、広い部屋にたどり着いたらしい。

 皆、高杉の顔を認識している、地球人、天人が多いらしく、皆ざわめき出す。

 「どうやら、お忍びで、ビックゲストが来てくれたようで。お持てなしをしようと言うわけです、どうでしょう、皆さん?」

 牛面の天人は、相手が攘夷志士だと分かると考えを変えた。
 この侵入を、最高のチャンスに変えたのだ。

 皆、このサプライズに一様に賛成する。

 「実況は私の部下が。」

 鱗犬の天人に、マイクを渡す。

 「それでは、スタート!!」

 金と、権力と、暇をもてあます、バイヤー達が歓喜の声を上げた。










 「高杉殿…、どうやら私達は。」
 「招待を受けたらしいな。」

 高杉達は、屋敷に侵入した。
 しかし、妨害と言ったら、入口あたりぐらいで、後は奇妙なほど何もない。

 前を進む、志士たちは皆、殺したりないだの、血を見たいだの物騒な会話が聞こえる。

 後、屋敷に潜り込んでいた若い侍からの連絡がとぎれ、屋敷の現在の状況が知れなくなってしまった。
 一応、屋敷の見取り図で現在地を確認しても、天人特有の変わった建築様式の屋敷のせいか、どうも勝手が悪く、どうやら道順をどこかで間違えたらしい。
 この広い場所は、ちょうど、異国の宮殿のホールに似ていた。

 しかし、此処まで広いところに人気がないと、この屋敷が廃墟ではないかと一瞬錯覚してしまう。

 だが、老いた侍は、奇妙な違和感を感じていた。
 誰もいないはずなのに、何故、視線を感じるのだと。

 老いた侍は、全神経を、感覚のみあてる。
 だが、分からない。

 老いた侍は、傲ることのない真の猛者だ。
 その彼に悟らせないとなると、相手も、かなりの猛者だ。

 その時、高杉は、ふと、笑った。

 「…………」
 「どうしましたか。高杉殿…。」

 高杉が上を見上げたので、老いた侍もつられて上を見上げる。
 すると。

 「………!!皆!この部屋から出ろ!!!早く!!!


 その言葉に、一瞬皆反応できず、その一瞬が命取りとなった。

 「はンッツ!!くらえぇえええッツ!!!!!!」

 馬鹿でかい声とともに、手榴弾が降ってきた。
 その手榴弾は、地球制の粗末な物ではなく、天人が作っただろう恐ろしいほど歪な形をしたのだった。

 がぎゃあぁあんッツ。

 普通の破裂音とは違った、奇妙な音。
 唯、爆発するだけの手榴弾ではなく、どうやら、破片手榴弾。

 反応でき、身を隠した一部の物を除いて、哀れ、爆散した破片の餌食となった。

 手榴弾が近くに落ちてきた者達は、即死。ある意味良かった、。
 途半端な位置にいた者達は、爆散した破片が体に食い込むという激痛を味わうことになった。


 ごぉおぉおおおぉぉおおぉおおおぉおおおおっ。

 ひぃいいぃいいぃいぃぃいいいぃいいぃいいっ。

 ぎゃぁぁああああぁぁぁあああああぁあああっ。


 侵入したときのような、また違った、阿鼻叫喚だった。

 辺り一面に、肉片が、骨片が、血飛沫が、飛び散り。
 人体を粉微塵にした海に、腕が、足が、顔が吹き飛んだ、一部が欠けた人間が痛みに悶え、その海を泳いでいた。

 生き残った者達も、大概が、人体の一部を被っていた。

 「ぎゃははははッツ!!サイッコーだぜェ!!」
 「不意打ち。」

 上から、見事な着地で、ばしゃりと血溜まりに、熊似の天人、品の良い男が降りてきた。
 服装は、パーティー用の礼服から変わってはいないが、熊似の天人は傭兵の如く武装し、品の良い男は、両手の指、全てに幅広な指輪をはめていた。

 「ショータイムだゼェ!!はン!!大使サマも粋な提案をしてくれなさってよォ!!」
 「戦闘。」

 老いた侍は、とっさに物陰に隠れていて無傷だったが、突然の襲撃に反応できなかった自分を恥じた。
 そして、高杉が居ないことに気付く。

 「高杉殿?!」
 「此処にいるぜ。」

 気怠げな声の方に目を向けると、爆散した破片だらけの大男の死体の下から、もぞもぞと、高杉が出てきた。

 血にまみれの彼を見て、一瞬ぞっとしたが、平気そうな様子から全て返り血だと悟った。
 高杉は、あの瞬間。

 目の前にいた大男を自分の身代わりとしたのだ、以外にも手榴弾の威力は、余程近くにいなければ、人体で充分遮蔽できる程度なのだ。

 高杉には、血と、肉片がべっとりと、張り付き。赤く染まっていた。

 髪からは、赤い雫が垂れ、右頬には眼球の一部だろうか、ぐちゃとしたゼリーのような物が張り付き、着物はまだらに赤に染まり、彼の顔半分を覆う眼帯は元から赤だったように真っ赤に染まっていた。
 しかし高杉は、笑っていた。
 
 美味そうに、血染めの唇を、血染めの指を舐める。

 「ご招待ありがとうさん。こんな派手に迎えてくれるとは思わなかったぜ。」

 『ふふふ、いえいえ。こちらこそ、わざわざビックゲスト来て頂いて光栄ですよ。Mr.高杉。』

 突然、壁がスクリーンに変わった。
 其処に映っていたのは、牛面の天人だった。

 「ふぅん。俺ってそんなに歓迎されてんだ。」
 『えぇ。とても、地球のトップクラスのバーサーカーの貴方が、我が屋敷に尋ねてくれたんです。歓迎せねば。』
 「はは、ごめんなさいってね。俺の方は手みやげも何持ってきてねえよ。こんな歓迎されてるのに悪いね。」

 高杉はいかにも申し訳なさそうに肩をすくめる。
 そして、高杉と、牛面の天人は笑いあう。

 「う〜ん…、じゃ、体で払おうか?」
 『Mr.高杉。なかなか、面白いことを。しかし、まあ、貴方の体は高くは売れますよ。懸賞金がかかっていますからね。バウンティハンターは舌なめずりするほど貴方が欲しいでしょう。』
 「アンタもその口か?」

 牛面の天人は侵害とばかりに目を見開く。

 『そんなはした金には、興味はありませんよ。私は、貴方の体だけに興味はありません、貴方自身に興味があるんです。バーサーカーとしての貴方にね。』
 「つまり、俺に戦ってくれと。此奴らと?」

 振り向かずに、品の良い男と、熊似の天人を指す。

 『察しが良くて助かります。さすが、Mr.高杉。』

 パンパンと、拍手をする。

 『しかし、戦う方法は、一対一ではないですよ。なぁに簡単です。今、どちらかが全員潰れるまでの…。』
 「デスマッチか…。」

 にっこりと、頷く。

 「拒否権はないのか?」
 『すいませんが、なしと言うことで…って、あ。』

 そして、突然、モニターに鱗犬の天人が押しはいった。

 『もおぉ!大使ばっかりぃいずるいですよぉお。いい加減にぃい、ワタクシにぃい変わってくださいよぉお。』

 モニターの端に追いやられた、牛面の天人は、やれやれと素直にモニターから消える。
 そして、ド派手なマイクを握りしめ。

 『れでぃいすぅ!ぇえんどぉお!じぇんとるめぇえん!!そぉおれでわぁあ!!無制限ルール無用のぉおデスマッチを開始しますぅう!!あぁあゆぅうれでぃいい?!カウントォオ!!てぇえん!ないぃいん!えいとぉお!』

 やれやれと、高杉は気怠げに二人に向き合う。

 老いた侍も、黙ってみていたが愛刀を構える。
 運良く戦える状態の志士たちは、元の三分の一程度まで減っていた。

 『しぃいくすぅうう!!ふぁいぶぅう!!』

 「高杉殿。」
 「んっ。」

 腹をくくったように、頷く合い、背中合わせ、肩越しに会話する。
 作戦は、失敗したようだが、臨機応変。今は、この状況を乗り切るしかない。

 『すりぃいい!!つぅうううう!!!!!!!』

 「やれるか?」
 「はい、私は無傷でしたので。」
 「頼りになるねぇ…。

 「お褒め頂き光栄です、高杉殿。」

 薄く笑い合う。

 『わぁああんんッツ!!ゼロォォオオオオォオオ!!!』

 品の良い男と熊似の天人が、向かってきた。