笑、嗤。 ・肆・
「が…ッツ!!」
どしゃっ。ぴしゃぁ。
「どうし…ごぉッツ…!!」
どすっ。びゃちゃぁ。
「ひぃいッツ!!!…ぁがッツ!!」
ざぐん。ぴちゃぁ。
「正面突破…と、激しい攻防戦を予想していたんですが…。」
「口ほどにも無いなぁ。」
老いた侍と、高杉は、実に生き生きと、楽しそうな(?)笑顔を浮かべて、屋敷の入口を守っていた見張りの、地球人、天人、関わらず斬り殺す志士たちを、無感動に眺めていた。
スプラッター映画のように派手な悲鳴は上がらず、僅かに声を発したら良い方。殺される相手によっては唇が開く前に確実に殺されていた。
僅かなあえぎ声と、骨肉を断つ音と、血が噴き出す軽い音、決して大きくない音以外何も音のしない、静かな血の宴。
しかし、そのためかあまりスプラッター映画ような迫力はなく。どちらかと言えば、態と派手な演出をするそちらの方がグロテスクだ。
吐き気が湧くような生臭いが無ければ、安っぽい、効果音のない安っぽい映画にしか見えない。
けれど、安っぽい映画のような光景が確実に命を略奪されている光景というのは実に皮肉。
一部、趣向が変わった輩は、まず喉笛を潰してから、じわじわと、わざわざ狙いを付けた相手の指先を少しずつ落としたり、耳を削ぎ、眼を潰したりている(実に楽しそうに人体を捌いている、快楽殺人者だ)。
しかし、腕を重視した強者達だ。精神面は明らかに常軌を逸して、輩でも的確に獲物の命を奪っていた。
見張りが、悲鳴を上げさせないよう静かに、素早く。
言うのは簡単だが、一刀で相手の命をしとめるのは相当の技量を必要とする。
正直な話、彼らの大半は国などどうでも良い、唯、相手の苦痛を、血潮の濃い匂いを、命を奪う感触を、そんなものを感じたいが故に協力しているだけ。そんな大半を占める輩達は、攘夷志士というより、殺人鬼達という方が正しい。
そんな殺人鬼達の間を、かいくぐってきた地球人が一人、二人の目の前まで来ると言うより、張ってきた。
「ひゃぁ!ひゃああぁあ…ぁ…ッツ!!」
ずざん。どさぁ。
高杉は、腰が抜けて這い蹲って逃げるその男を見るに耐えないとばかりに、無造作に老いた侍の愛刀を、抜くとそのまま、男の首に刺す。その途端噴水のように男の首から血が噴き出した。
赤い飛沫と更に細かい赤い霧を僅かに浴びるが、不快と言うより嬉しそうに、唇は弧を描く。
「当然でしょうね。屋敷の入口の警備なんて建前で良いんでしょう。肝心は屋敷内なんですから。」
「んんっ。」
自身の眼前で行われた行為に平然と見、返された血塗れの愛刀を受け取りながら、話を続ける老いた侍。高杉は、そうだなと、一瞬前まで血の臭いに悦んでいたが、興味が失せたように、目の前の赤い赤い行為に眼を戻す。
増援はなく、もう見張りは残っていない(まだ死体にぶすぶすとアリを殺すように刀を差しているこれまた、趣向の変わった輩がちらほらとはいるが)、元から内部に潜り込んだ間者に、カメラや防犯システムのほうは任せてある(とはいっても、生きているのモノもあるから気を付けろとのこと)。
高杉は、もう終わりかとつまらなそうに口をへの字に曲げる、すねた子供のような表情を見せる。
そんな高杉の表情に、僅かに老いた侍は微笑を見せた。
二人の足下で、もう命の抜ける肉塊へのなりかけは海老のように痙攣してみっともないものだった。
「なるほど…屋敷内外の電気系統が不具合を起こしていると…しかも…警備機器の…。」
「はい…。」
巨躯の牛面の天人は、秘書である矮躯の牛面の天人の言葉に、珍しく言葉を濁していた。
「しかし、今更、今回のオークションは中止にしたりは出来ませんし…。」
大抵のオークションなら土壇場で中止にしても、大使という、高い地位にいる彼だ。大して不具合は生じない。それが今回のオークションは違う、自分と同等、あるいは自分以上の地位を持つ、権力者がそろっている、権力に物を言わせ黙らせることが困難だ。
もし、今中止しようものなら、せっかく此処まで積み上げてきた、完璧なオークションを催せるオークショニアの経歴に決定的なダメージを負う、それだけは避けたかった。
此処まで、大きなオークションを開けるまで、勿論彼の、人脈、権力、天才的な手腕もある。
けれど、それ以上に目が肥え、疑り深い、金と権力をもてあます連中から信頼を得、お得意さまのバイヤーにするのは、最も苦労したのだ。
信頼という商売道具は、失うと最も取り返しづらい。
「どうしたことでしょうか…。」
胸元の薔薇の造花を弄る。
中止にしたい理由を説明したとて、それはオークショニアの失態だとなり、これはこれで信頼を失う。
築き上げてきた物に致命傷が付くのは耐えられないが、彼は馬鹿ではない、危険を冒せばこんな違法なオークション、、、自分が一番分かっている、、、一気に破滅の道へと堕ちる。
(一時期の金と信頼にに身を任せるよりは……永続的な方を選んだ方が賢い選択ですね……苦労や時間より、この場合、身の安全が第一でしょうか……。)
彼は賢かった、すぐさま秘書にオークションの中止、急いでバイヤーを帰らせろ、と、告げようとしたその時。
『みなすわぁあん。オークションがぁあ、始まりますぅうのでぇえ、会場へどうぞぉお。お早めにぃい、会場へぇえ。』
部下である、鱗犬の天人の間の抜けたアナウンスが屋敷内に流れた。
「…………っ。」
思わず年寄り臭い仕草で、ぴっしゃっと、狭い額を打つ。
秘書をオークション会場から離すべきではなかったのだ、司会進行は、鱗犬の天人の方に任せてあったのだ。
秘書は、基本的にオークションの裏方、鱗犬の天人には表方。
鱗犬の天人は、頭の方が足らない(決して無能というわけではないが)、ろくに秘書が会場から出たことをろくに確認すらせずに始めてしまっている。
恐らく、今頃、彼が適当に考えた即興の始まりの挨拶でも述べているはずだ。
「どうしましょう。もう皆さん会場へもういってらっしゃる…。」
「はぁ…。」
今日に限って、鱗犬の天人に表方のオークションを手伝わせたのは間が悪かった。
仕方なかったのだ、今日のオークションは、今までない大規模なオークションなのだ。
このオークションには、牛面の天人のほぼ全ての、力を使って開いた。
どうしても人手が足らなかったのだ(人は集めようと思えば集められるが、牛面の天人は性格上、どうしても慎重に選んでしまうため数が少ない)。
(この際仕方がないです、出来ればオークションが始まる前に辞めたかったんですが…。)
牛面の天人は、しゃべるのも億劫になり、手振り身振りで指示を出す。
秘書は、それを読みとり、急いで、部屋から出ようとドアノブに手をかけた瞬間。
「…ッツ!!開けてはなりませんッツ!!!」
「ぇ?」
そんな気の抜けた台詞とほぼ同時に開かれた扉から、鋭い煌めきが一線。
どずん。
秘書である矮躯の牛面の天人の顔左半分が落ちた。
その切り捨てた相手は、屋敷に先に忍び込んでいた若い侍だった。
「くっ…!」
「天誅。」
牛面の天人は、ほんの数秒前まで話していた秘書だったものに、痛々しく顔を向けた。
若い侍は、黒い血が付着した刀を一振り。
「てっきり貴様かと思ったのだがな。」
ぎりりと、若い侍は歯を食いしばる。
彼は、開始の報を受け気配を殺し、まずは大使から抹殺しようと潜んでいたのだ。
「気配の殺し方はとても上手なようで…。」
「貴様なんぞ似褒められたって嬉しくないな…ッ!!」
若い侍は、冷静さを少々欠いていた。
強い血の臭いに、今から大事を行うという興奮、経験の足らない若さ故の欠点。
何より、傲っていた。
自分は強い、こんな奴らに負けない。と。
確かに彼は強い方。
しかし、それはあくまで一般レベル。彼はそれ故に相手の力量を見なかった。
中途半端な力量というのは、慢心を呼び、かえって弱者より腕を劣らせるのだ。
「もっと早くオークションを中止すべきでしたねぇ…。此では帰って中止にしたらお客様達がパニックになってしまう。」
「ふん、ほざけ。この屋敷はもうじき、高杉様達が制圧し、腐った貴様らは成敗させられるのだ。」
若い侍は笑いながら、刀を突きつけた。
この大使を殺せば、自分は仲間の志士たちにさぞかし激賞される取ろうと思うと笑いがこみ上げてきたのだ。
「情報ありがとう御座います。どうやら少数でもなく、唯の攘夷志士の連中ではないようなのですねぇ…。」
「はぁ?」
「高杉…高杉晋助といえば、私達天人の間でも名の知れたかなりの大物。なるほど、貴方は下っ端と言うことですねぇ…。」
「はっ!高杉様を呼び捨てにするとは!無礼な!!所詮は汚いことしかできない天人か!!天誅ッツ!!」
完全に頭に血が上って若い侍は、一方的に、モノを述べている状態だった。
「ふぅ、仕方ありませんねえ。」
牛面の天人は、今まさに斬りかかられているというのに、のんきに秘書の葬式をどうするかと思った。
「ぁ〜!たくっ!!何で俺達が大使サマを呼びにいかねえといけねえンだよッツ!!」
「理由簡単、人手不足。貴様の思考能力、極度に悪きことなり。」
「元も子もない台詞ありがとうございます!!このクソ野郎…!!」
「礼はいらん。」
皮肉もさらりとかわされてしまった。
二人は、大使か、その秘書を呼びに来たのだ。オークションが始まったのはいいがその司会進行役が、あまりにも、、、酷かった、、、。
なにより始めが出鱈目。
彼は、秘書である矮躯の天人が司会進行の資料を渡す前に勝手に始めてしまったのだ。
勿論、喧々囂々たる非難の嵐。
それに腹を立てた、鱗犬の天人が客と乱闘、それを留めるために牛面の天人たちの部下が当たっていて、、、。
と言うわけで、手の空いている彼らが直々に呼び来たのだ。
「大使サマァ〜。呼びに来ましたよっと…ぁぉ、派手に…。」
「大使。貴様の部下、あまりにも…ぉ…。」
「ぁあ…すいません。お見苦しいところを…。」
牛面の天人は、にこりと笑みを浮かべて握っていた何かを離した。
それは若い侍だった。
否、正確には恐らく若い侍だったモノだった。
恐らくなのは、頭部が無惨に潰されて、顔の認識が不可能で、服装で漸く分かるだけなのだ。
未だに刀を手からはなさいのが、哀れだった。
大使の綺麗な真っ白だったスーツは、血と脳漿とその他の肉片の汚れ、大理石の白い床はそのスーツと同様に汚れていた。
大使がお見苦しいところを言ったのは、頭部が潰された死体ではなく。自分の汚れた姿と、部屋の状態のことだった。
この大使は、彼の頭部をもの凄い握力で握りつぶした。
単純な事だが、秀でた防御力など無い柔な人間の肉体は一溜まりもないことだ。
「お、大使サマぁ。派手にやったなぁ?ところでソレなンだ?」
「此処のモノではないな。」
「ええ。ちょっと困ったことが…すいませんが今日はオークションを中止にしなくてはならなくなりました。」
「え゛ッツ!!何ぃ?!まじかよぉお!!!」
「………何故?」
大使は、汚れた手をハンカチで拭いながら。
「やれ、バイヤーではなく、バーサーカーが来たんですよ、しかも団体様で。」
二人は、その言葉を一瞬考えすぐさま理解した。
「良いねぇ?」
「ああ…。」
「正直、警察には連絡できません…。何せオークションで扱っている商品が商品ですので…。」
「は!、確かになぁ。」
「ふむ。」
「取り合えず、片づけるのが最初です。手伝って頂けませんか?勿論タダとは言いません。」
「ん…。」
「あぁ…。」
牛面の天人は笑う。
猛々しく、正に雄々しく。
「噂に聞く、最高最強のバーサーカー、高杉晋助!!彼がどのような者か確かめるのも一興ではないでしょうかッツ?!」
「ほぉ…その話、ノったぜ。大使サマ。」
「我も、為合ってみたい。」
珍しく乗り気な、品の良い男に、熊似も天人だけでなく、牛面の天人も少し驚いていた。
品の良い男は、並の女性より遙かに整った貌を、見た者がうっとりとするような、しかし、本当の彼を知るものがみたら恐れを抱くような、綺麗で優雅な笑みを浮かべ。
「噂に高し!高杉晋助!!あれこそ絶えて久しい真の強者!!!最高の獲物なりてッツ!!我が相手に相応しきッツ!!どのような強者かッツ!!ぁ、あ、あああ!!血が騒ぐ!!ぁああああっ、強者の血の香は甘美で!!死にかけに喘ぐ声は良いのだ!!実に!!実に!!!!ああああっ、死するときのかんばせも美しきものッツ!!!ああああっ!!あ、あぁああぁ!!あ、あああああああああッツ。」
その後は、唯でさえソプラノの、高い声で冷笑を上げた。
先ほどまで抑揚が無く、無感情だった彼の面影はどこへやら、しかし、それでいて、美しい顔は崩すことはなかった。
牛面の天人と、熊似の天人は、少々耳に付いたのか耳を軽く押さえ、しかし、何処か面白そうに笑い。
「まず落ち着けよぉ、クレイジーなサディック黒髪美人さん。ソレはメインにとっておけ、団体様なら…、他の連中で楽しんでからだ。」
熊似の天人はごきりと指を鳴らした。