笑、嗤。 ・壱・
ぴしゃり。
「ご苦労様。」
ぐしゃり。
男は、口元をつり上げ笑っていた。
派手な着物を纏い、キセルを美味そうに加え、ふぅと紫煙を吐き出す。
男は一人ではなく、後ろには、数人の、、、一目で侍と分かる男達がいた。
唯、抜き身の太刀を握り、太刀は皆一様に鉄の匂いのする、液体で染まっていた。
「しかしなんだな、地道こって。」
ぐっちゅう。
男は、なおも部屋の中を歩き回る。
この部屋の畳に血の染みていない部分などないのに。
その大量の血液は、部屋に法則なく散らばって血塊に沈んでいる、幕府の高級官僚、天人からのびていた。
それらには、もう使い物にならないだろう札束がベタベタとへばり付いていて、とても見苦しいほかない。
「くっくくく。祭りでもねえのになぁ。」
呆れたように、楽しそうに男はキセルを銜えなおす。
「腐った国に寄生するクズ共に祭りも何もありません。」
「天誅を下すのは早ければ早いほうが良いのです。」
若い侍と老いた侍の、全く違った貌に、国を憂う想いが張り付いていた。
「高杉殿。貴方も国を憂う攘夷志士なら、時期など関係なく行動を常に起こすべきです。」
高杉。そう呼ばれた貌の半分を包帯で覆われた男は、わかってねえなぁと、紫煙を吐き出す。
「そう、一生懸命やりゃいいってもんじゃない。やっぱり。ばっちりとみんなに知らしめるぐらいのインパクトがなきゃな、意味がない。分かるか?」
ぴっと、老いた侍にキセルを目の前に突きつける。
老いた侍は不快そうに、そのキセルを少々乱暴にはね除ける。
「分かってないのは貴方の方だ。この腐った国に寄生した輩を排斥するには同士の数も、時間も足らない。こうやって始末しても、始末しても、こんなクズ共は減りもせんわぁッツ!!」
ざぐっと、持っていた血刀を、ぐっしょりと生き物の体液をすった畳に沈む、肉塊に慣れ果てた天人に突き刺した。
僅かに噴き出した血は地球人と違い蒼く煌めき、まだ乾ききっていなかった血刀は、赤い煌めきを見せた。
それを眩しいものでも見るように、目を細め見、高杉は、優雅とも言える仕草で、ふるふると憤りで震える老いながらも鍛えられたその巌のような肩に手を置いた。
「アンタは本当にきまじめな奴だ。今時、アンタみたいな純な攘夷志士は珍しいなぁ。」
高杉の唇はゆったりとした弧を描いた。
「けど、その生真面目さは命取りになるぜ…?忠告…」
ちゃ、、。
「おっと、それ以上しゃべるな。頭目に好き勝手言いやがって、その細首が刀と接吻したいなら良いが…。」
紡ぐ言葉を遮って背の他の高い侍が、恐らく、天人の血だろう、腐ったような濁った濃い赤紫の液体を付けた刀を首に突きつけてきた。
「おお…怖い怖い…こっちの方は血気が盛んだねぇ…。」
国を真に憂う老いた侍とは違い、こっちの方は明らかに、攘夷を大義名分にしているような輩だ。何処か一線を越えた目からして生きたモノをを切れるからと言ったところだろう。
すると何を考えたのか高杉は、するりと、老いた侍の肩から手を離すと、己に突きつけられているべっとりと、天人の血の付いた刀の刃をついっと撫でた。
予想外の行動に、背の高い侍は眉こそ潜めたが刀を突きつけたままだ、微動だにしない。
ぷっつと、撫でた指から赤い血の玉が出来、付着した赤紫色の液体と混ざり合い、不気味な色の液体になった。
その不気味な液体に染まった指を美味そうに、ゆったりとした弧を描いたままの唇に塗る。
そして、その極色に染まった唇をちろりと出した鮮やかな色をした舌で舐めとる。
背の高い侍は行為に何処か得体の知れない怖気を感じ、一瞬怯む。
そして。
「祭りには多少の無粋さがあった方が面白い。だが。」
背の高い侍が声を上げる暇をなく、その刹那。キセルを噛み銜え、背の高い侍の左腰に下がっていた脇差しを抜き、その首に高杉が、脇差しを突きつけ、そして瞬時に男の首を切り裂いた。
そして、噴水のように背の高い侍の首から赤い体液が吹き出し、その液体が侍達にかかった。
「がッ…!」
「相手を選べ…。」
まだ血の朱を残したままの唇で笑んだ。
「高杉ィイッツ!!!」
その刹那の殺戮に、噴き出した血を一番正面から被った、若い侍が感情にまかせて斬りかかったが、高杉がダーツのように投げた脇差しは若い侍の眉間に刺さった。
若い侍も声を上げず、背の高い侍だったモノにに重なるように倒れた。
それに感化されてか残りの侍達が、高杉に斬りかかろうとしたが。
「待てぇえいッツ!!」
頭目である老いた侍の一喝が響いた。
その喝は、その場の空気をも震わせた。
びくりと侍達は身を震わせ、高杉はやれやれと言った具合に大げさに肩をすくめる。
「やめろ、我らは同士討ちなど望んでいない。それに、先に仕掛けたのは高杉殿では、ない…ッ!。」
痛々しく皺の刻まれた彫りの深い顔を、老いた侍は歪ませた。
どうやらこの老いた侍は、一過性の感情にまかせたりしない冷静な部分を持ち合わせ、自分の部下が目の前で、あっさりと理不尽とも言える殺され方をしたというのに、老いた侍は自分たちから大義名分もなく誰かの命を奪うことを酷く嫌うらしい。
酷く、矛盾の多い価値観を持っている。
「はは、その通り、俺の今やったのは正当防衛。」
高杉は、何の悪びれもなく、激しい動きではだけた、着物を直しながら、何処かしら艶めいた余裕の笑いすら見せる。
「たっく、最近やり手の攘夷集団があるときいて、ふらりと来てみれば、なんてこたぁない。唯のお掃除屋さんだ。」
お掃除屋さん。これほど、覚悟と志を持ち。誅殺と信じ、刀を振るう志士を罵倒する言葉はないだろう。
さすがにその言葉に、老いた侍も刀を構えかけた。
だが、高杉の言葉には続きがあった。
「まあ、そんなかっかすんな。別に貶しに来たわけじゃない。俺の本当の目的は、祭りのお誘いさ。」
その予想もしなかった意味の分からない言葉に、侍達は、皆同様を見せた。
高杉は、大きく紫煙を吸い込み、その紫煙の余韻を楽しむように、キセルの唾液まみれの銜え口を一舐め。
「まあ、腕はホンモンだ。こんだけ派手に盛り上がった血祭りをやりながら、誰も気付いてすらねえ。」
一呼吸おくと、高杉の虚を見ていたような眼差しは、何処か哀れんだ慈愛すら感じる優しげな眼差しへと変わり。
そして。
「あんた達のその牙を、薄汚い、でっかい祭りに突き刺す気はないか…?」
今だ、意味のわからなそうな表情を浮かべている、老いた侍の構えかけの刀に、キセルの金属部分に当てる。
きぃんと、血刀は澄んだ音を立てた。