人は見かけに寄らず 5
「…予定通り。今んとこ予定に逸れたことはしてないようで。」
アタシはマイPCで、ちょっとやんちゃなことをして(ハッキングとかなんて聞こえが悪い)、ある人物の動向を探っていた。
はは、機械的に完璧主義なお方で助かったね。おかげで計画にも狂いが出なくてすむねえ。
「…いよいよ、明日になっちゃうんだなぁ…。」
結構前から計画してて、最初の頃は実行するのは遙か先のことに思えたのにねぇ…。
光陰矢のごとしだっけ?
ぼんやりと、社長室の硝子張りの壁から外を眺める。
夜景はいつも通りで、見慣れているアタシからすれば感じない。ガラスに映った左右逆の時計版は、もう、零時で。
「ありゃ、もう明日になってたんだぁ。」
その出した声が妙に甲高くって、思わず声を出して笑いそうになったて、それを押さえて、咽まで飲み込んで、くくと、咽で笑う。
綺麗に掃除されたガラスは(うん、いい仕事をしている、掃除係の給料を二割り増しにしてやろう)、今の自分の笑い顔をにはっきりと映し出した。
その笑い顔は、いつもの営業用の笑顔ではなく自然な顔で間抜けながら驚いた。
アタシは、自分の顔を抓る。
この顔に、自分の感じたままの素直な感情をのせたのは何時が最後だったけ?
一瞬、記憶の旅へトリップ。
…思い出せないなぁ、老化現象が始まるのは少し早いぜ?
ため息をつくアタシ(やべ、ホントにばばくせ)。
ため息とともに、ずっしりと眠気もやってきた。
そう言えば、昨日寝てなかったなぁ…。
気付いた眠気は容赦なく、アタシの瞼を閉じようと全力だ、つか、瞼の裏に横綱の歴代力士でもぶら下げられたような感じだ…。
は〜い、眠りの世界へれっつごー、眠りの妖精さんが待っている〜、あははっはははっはは〜、マジ寝よ。携帯のアラームセットしてて良かったぜい。
そのまま、机にうつぶせて寝た。
…明日体痛くなるかもね…。
で、起きたのは三太夫が出勤してきてアタシを急いでたたき起こしたときだった。
「社長、社長っ。起きてください。こんなところで寝ていらっしゃったんですか?」
「あっ…ん…?三太夫ぅ?」
「ええ。」
「まだ寝かせて…、眠りの妖精さんから人を陥れる正攻法ベスト十を習ってから…」
「そんな子供の夢を、破いた後にシュレッダーにかけて製粉機にもかけてからガソリンをたっぶりしみこませた後、消し炭残さず燃やすような発言は良いですから、起きてください。」
「ふっ…うん…。」
目をこする、ケータイをのろのろと覗くと少しセットした時間より早いぐらいだった。
体の変な風に固まった筋をのびをして伸ばす(ぁああぁあ…きもち)。
「はぁっ…んんっ…」
「今日は、珍しく休暇を取られたのでしょう?何故こんな所に?」
「眠気に負けて寝てしまっただけだ。やれやれ、我ながら恥ずかしい…。」
僅かに痛む、首の筋をくるりとクビを回して何とかほぐそうとするが、あっ。今、ごきゅって鈍い音したぁあああ!?
「〜っ!!」
「…………」
三太夫は、どっから出したのかと思わず問いつめたいぐらいタイミング良く、氷をそっと、アタシに渡す。
「あたたた…」
「ちゃんと床でお休みにならないからですよ。今日に言えたことではありません、最近社長がまともに、自宅のベットでお休みになられたのは何時ですか?私の記憶が正しければ、ここ一ヶ月、車での移動中やソファでお休みなられた貴女様しか見ていません。」
「そうだったか?」
「ええ、断言できます。」
…あっれぇ?今言葉が液体窒素並に冷たかったなぁ?気のせいだよねぇ?あと微妙に語尾におっそろしい物が込められていたようなぁ?
三太夫が、鉄面皮な彫りの深い顔を今まで見たことないほどきつく引き締めた。
こ、こわぁ〜い〜…。
よし、此奴の給料今月二割減にしてやるぞ、覚えてろよ、職権乱用上等だい。
その時、あのバカ共から電話がかかってきた。
「!?!?」
阿呆!メチャタイミング悪いわぁああ!!!
そんなアタシを見て、すぐに何かを察してくれたのか、三太夫は静かに部屋を出ていってくれた。
こういったところはちゃんと優秀な部下として節度を弁えるくせに、なぁあんで、プライベートな面ではさっきみたいに小五月蝿いのかねぇ?
「たくっ。あ〜、もしもぉしぃ?」
『おはようさんアル。朝早くから元気そうネ。』
ん?珍しい。あの夜兎の娘か?あの銀髪やる気死滅野郎じゃネエのか。
それを聴くと、奴は昨日から別行動をとっていて、今は此奴とメガネヲタクで見張ってるそうだ(金の分きっちり働けや、あん銀髪変態)。
「あ、それと。アタシは低血圧でね、朝は弱いんですが?」
『そうだったアルか!?てっきり、私金持ち全員、毎日ステーキ三昧で高血圧の脂テカテカ脂ぎっしゅかと思ってたヨ!!!』
「おい…誰が脂テカテカ脂ぎっしゅだって…!?」
ざけんなぁああ!!このぉおお!!!クソガキャァアアッツ!!!!(アタシと同い年だったけど背はアタシの方が高かったから)、アタシの肌は脂テカテカ脂ぎっしゅじゃねえぇええ!!どっちかと言えばちょっと冬に弱い、乾燥肌だっつーの!!!!!
「うせぇえわぁああ!!!!この酢昆布娘はああぁあ!!!何でおっさんの脇の下みてえな酸っぱい匂いを漂わせる物体を好むんだよ!!!!」
『ぁあああ!!今私だけでなく、酢昆布も侮辱したアルか!!酢昆布の神様に謝るヨ!!!!』
「酢昆布を司る神が居てたまるかくぅうぁあああぁああああああッツ!!!!」
つーかアタシは無神論者なんだ!!なに夜兎って、有神論者なの!?
『居るアル!!この前なんて私の夢に出てきたヨ!!!そして私と盆踊り大会で、ワルツ踊ったよ!!!』
「んな巫山戯た祭りに神様がいらっしゃるわきゃネエだろうぐぅうぁああああぁあああ!!!」
盆踊り大会でワルツなんて踊れるわけねえだろうが!!!
『あ、報告忘れてたヨ。あのおっちゃん、今も異常はないアル。』
すたぱろけこか。
アタシは、思いっきり変にずっこけた。
あまりの突然の切り返しにアタシは、一瞬付いていけなくてね。
おいおい…。人の話聞かないって言われたことはねえか?こんガキャ。
「…あっそ、じゃ、今日一日もがんばんな。」
電話の向こうで、クソガキが酢昆布の件でまだなにかいいたそうだったから素早くきった。
アタシは、酸っぱい物嫌いなんだよ。
たっく、此奴らと付き合うのは疲れるなぁ…。
アタシは、崩れ落ちるように、綺麗な白亜の床に座り込んで思わず苦笑いをした。
そして、きったばかりのケータイの画面に映るデジタルの数字の時刻をみて、計画実行の時間との差を無意識に求めた。